第2話「モンゴル医学とは」
モンゴル医学について少し話しておこう。アジアの2大医学は中国の漢方医学(中医学)とインド医学(アーユルベーダ)だが、モンゴル医学は中医学とチベットから伝わったインド医学が交じり合った医学だ。興味深いのは漢方のように煎じ薬ではないことだ。生薬はすりつぶして粉にし、それを煎じて飲むか、または生薬の粉を丸剤にして飲む。粉を煎じて飲む場合も底に溜まった粉も全部飲む。中蒙医学院の薬局の薬棚を見るとビンの中に入った丸薬、また散薬が置かれているのが分かる。
無論、漢方医学にも丸薬はある。例えば桂枝茯苓丸や八味丸、粉末は安中散や五苓散などだ。だが圧倒的に多いのは煎じ薬だ。何故なのだろう?多くの漢方薬は粉に出来ないのだろうか?丸剤にするとまずいことがあるのだろうか?そんな疑問が浮かんできた。そこでモンゴル医学を少しでも知りたいと思って本屋に出かけた。何種類かモンゴル医学の本が置いてあったが、モンゴル文字で書いてあるので読めない。中国語の本はないかと尋ねると1冊だけあるといって店の奥から持ってきた。とりあえず、その本を買って帰ることにした。
私たちは丸薬に馴染がない。保険漢方薬にないからだ。すべて生薬を煎じたエキス製剤だ。以前は保険漢方にも丸剤が存在したが、高い薬価を厚生労働省がつけてくれないので、どのメーカーも作らなくなってしまった。
こんな話をすると桂枝茯苓丸や八味丸を保険でもらっているという人もいるだろう。だがそれは丸剤ではなく煎じたものを粉にしたエキス粉末で丸剤ではない。薬の名前をよく見ると桂枝茯苓丸料、八味丸料と料の文字がついている。本来、丸剤で出さねばならない処方なのだが、丸剤が切れてしまった時は一時しのぎに丸剤をつくる成分の生薬を煎じて投与する、それを料という。
丸剤とエキスでは効果が違うのだろうか?前編に登場した成川一郎氏によると、エキスにしてしまえば薬としての効果が落ちてしまうという。例えば保険の桂枝茯苓丸料は桂枝(シナモン)の香りがほとんどしない。シナモンを煎じると煎じている間に香成分が飛んでしまう。丸剤には粉末で桂枝が入っていてシナモンの香りがしてよく効く。散剤についても同様のことがいえる。
安中散は幾つかの生薬を粉末にしてそのまま飲むのがよい。だが保険薬は安中散料で、これも煎じた上済液をエキスにしたものだ。安中散の主役である牡蠣末(ボレイと漢方では読みます。牡蠣の貝殻を粉にした物)は水に解けない。煎じてエキスにすると牡蠣は底にたまるから牡蠣抜きの安中散になってしまう。つまり丸剤には丸剤にする理由があり、散剤には散剤にする理由があるのだ。
いずれにせよ漢方薬で圧倒的に多いのは煎じ薬だ。何故、漢方医学では煎じ薬を丸剤や散剤にしないのだろう?またモンゴル医学では生薬を刻んで煎じ薬として使わないのだろう?そんな疑問がわいてきた。
写真は買い求めたモンゴル医学の本だ。ミミズが這ったようなモンゴル文字と中国語が書かれている。そう、この本が後で私に多大な影響を与える本なのだが、その時は旅行に行った記念に買ったという意識しかなかった。ペラペラページをめくっても、知らない生薬の名前しかでてこないし、処方名も知らない物ばかりだった。
- 第2話「モンゴル医学とは」
- 2013年03月22日
「漢方医<後編>」目次
- 第1話「丸剤を知るきっかけとなった本との出会い」(2013.03.15)
- 第2話「モンゴル医学とは」(2013.03.22)
- 第3話「山本巌先生から癌を治す処方を伝授される」(2013.03.29)
- 第4話「製丸機を買う」(2013.04.05)
- 第5話「丸剤を作ることへの様々な障害」(2013.04.12)
- 第6話「山本先生亡き後、漢方の発展を考える」(2013.04.19)
- 第7話「処方の解析に丸剤を使う」(2013.04.26)
- 第8話「一般の医者は漢方を信じていない」(2013.05.03)
- 第9話「保険漢方の普及が漢方医の首を絞める」(2013.05.10)
- 第10話「新しい薬を作らない漢方医たち」(2013.05.17)
- 第11話「技を伝承する難しさ」(2013.05.24)
- 第12話「先人たちからの遺言」(2013.05.31)
- 第13話「絵とフェイスタイム(FaceTime)」(2013.06.07)
- 第14話「東京へいく決心をする」(2013.06.14)
- 第15話「東京の調査」(2016.01.25)
- 第16話「東京人って本当にいるの?」(2016.04.25)

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