第13話「絵とフェイスタイム(FaceTime)」
私が杏林伝説の絵を上森画伯に依頼して描いてもらったことは前編でもお話しした。この絵を私はとても気に入っている。彼の絵が好きで、全部で5点所蔵している。つまり私は上森さんのパトロネージだ。
私は彼から最初の絵を購入した時のことを良く覚えている。三越で上森さんと三越の美術部長、それに私が椅子に座っていた。美術部長は「上森さんのような印象派的な絵を描く人はほとんどいなくなってしまった。いい絵を買われたと思います」という。続けて「上森さんには不幸になってもらいたい。うんと不幸になるといい絵がかけると思います」という。
私は驚いて美術部長の顔を見た。見つめながらビンセント・ヴァン・ゴッホのことを思い出した。あれほど美しい絵が生前は売れず、弟のテオの援助に支えられながら失意のうちに命を絶ってしまった。
絵を描くというのは孤独な作業で、自分を不幸に落とさねばいい絵がかけないほど辛い作業なのだろう。もしテオがパトロネージでなければゴッホはただの精神病者として生涯を終わっていたに違いない。
人の才能を信じてその人の後援者になることをパトロネージというが、私は上森さんの才能を高く評価している。
ある老舗ホテルが新しくスイートだけのホテルを併設した。その老舗のホテルに私は何十年も通っていて、そこで働いていた若い女性シェフが新しくできたホテルの料理長に大抜擢された。
私が新しくできたホテルのレストランに行くとギャルソンを通じてその女性シェフが料理の感想を聞きたいとの連絡が入った。同じホテルのレストランに通い続けて意見を言うのもパトロネージの仕事なのかもしれない。
私は人を好きになるのもパトロネージになることだと思う。
昔、マンスフィールドというアメリカの駐日大使がいた。彼が結婚した時、彼は高校しか出ていなかった。大学を出て教員をしていた彼の妻は彼の才能を信じて学費を稼いで彼を大学にやる。マンスフィールドはアメリカ議会の院内総務を務め、もっとも尊敬される議員としてこの世を去った。
アイポッドタッチは電話機能がついていないがWi-fiでテレビ電話ができる。これは想像以上に便利なデバイスだ。ネットなので通話料はかからない。
アイポッドタッチはiPhoneほどの大きさだから手に持って絵に近づけたり離したりできる。虫メガネのように絵のタッチをみせることもできる。娘に絵を見せながらこれは医療に使えると思った。(当時はiPadにはカメラがついていなかった。) 右上は上森画伯の夜の散歩という絵。
私が彼に夜の絵を描いて欲しいと頼んだ。
「暮れなずむ時、まだ色彩を残しながら風景が闇に包まれていく。そんな情景を描いて欲しい」と言うと、彼は「日笠さんはロマンチストですね」と言って笑った。
右の写真はiPod touchによる絵の部分拡大写真。
実際に皮膚科の先生に協力してもらって皮膚の診断に使った。
また整形外科の友人を訪ねてレントゲンをシャーカッセンに挟んでアイポッドタッチを虫眼鏡のように近づけると相当細かい骨折まで診断できることが分かった。
このインターネットを使って漢方の診断技術や治療技術を広めることが出来るのではないかと思った。
現在、漢方医でベッドサイドティーチングを経験している人はほとんどいない。漢方メーカーの講演を聞きに行くか大学で講義を聞いて身につけた知識だ。それでは本当の漢方医にはなれない。
大学病院で漢方外来をしているところもあるが、保険診療しかしていないところがほとんどだし、教鞭をとっている先生方も実際の診療を見て育った人はあまりいない。
体質や病態の見方、生薬の良し悪しは経験ある漢方医と一緒に実際に患者さんを診察しなければ身につかない。そこでインターネットを使ったテレビ電話で教えることができるのではないかと思った。実際に患者さんを一緒になって治療するには及ばないが、講義だけよりよほどましだ。
漢方を習いたい先生の所に患者さんがやってくる。その患者さんを先生と私がテレビ電話を使い、共同で診察して漢方の診察や治療について議論して治していく。
脈や腹証は分からないにしても舌診や顔輝などは分かるし、習う医者は自分の患者を診ることで漢方がしっかり身につく。
これは素晴らしい方法だと思った。
どこの医院にもネットケーブルが入っているから器具を揃えても4万円ほどの費用しかかからない。無論、テレビ電話の通信に別な費用がかかるわけではない。そこでこの遠隔治療をお医者さんに広めようと思った。
早速、ある先生に協力してもらって実験したら確かに上手くいく。鍼灸なども基礎的知識があれば教えることが出来ることが分かった。
私は業務連絡用に神戸と銀座をiPadで繋いでいる。実際に使ってみると、これほど便利なものもない。
- 第13話「絵とフェイスタイム(FaceTime)」
- 2013年06月07日
「漢方医<後編>」目次
- 第1話「丸剤を知るきっかけとなった本との出会い」(2013.03.15)
- 第2話「モンゴル医学とは」(2013.03.22)
- 第3話「山本巌先生から癌を治す処方を伝授される」(2013.03.29)
- 第4話「製丸機を買う」(2013.04.05)
- 第5話「丸剤を作ることへの様々な障害」(2013.04.12)
- 第6話「山本先生亡き後、漢方の発展を考える」(2013.04.19)
- 第7話「処方の解析に丸剤を使う」(2013.04.26)
- 第8話「一般の医者は漢方を信じていない」(2013.05.03)
- 第9話「保険漢方の普及が漢方医の首を絞める」(2013.05.10)
- 第10話「新しい薬を作らない漢方医たち」(2013.05.17)
- 第11話「技を伝承する難しさ」(2013.05.24)
- 第12話「先人たちからの遺言」(2013.05.31)
- 第13話「絵とフェイスタイム(FaceTime)」(2013.06.07)
- 第14話「東京へいく決心をする」(2013.06.14)
- 第15話「東京の調査」(2016.01.25)
- 第16話「東京人って本当にいるの?」(2016.04.25)
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- 第317回「モンゴル医学で発見した丸薬の価値」
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- 第316回「牛のガス腹(気滞)」
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