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夢の中の老人

第50話「なぜ政治家は医師会を恐れるのか?」

夢の中に老人が現れて昔話を始めた。

「今から五十年前、日本医師会長だった武見太郎氏は政府の決めた診療報酬を不服として、【医師会は保険医を辞退する】と発表した。カリスマ性があり、政治力もあった武見氏に地方の医師会が賛同した。その結果、自費でしか診察してもらえないことを恐れた政府は、自分たちの意見を取り下げて1か月ほどで決着したが、このことが政治家のトラウマになっている」

「そんな事情があったのですね。誰も言わないから知りませんでした」

武見太郎の像

武見太郎の像

出典:Wikipedia

「元々、医者の政治力は強かった。
地方の開業医は自宅とクリニックが一緒になっていたから、夜中でも急患の患者を診察し、診療の合間に往診をしていた。子供の頃から地元の先生に診てもらい、おじいちゃんやおばあちゃんを往診してくれる開業医に地元の人は絶大な信頼を置いていた。
だから先生が勧める政治家に素直に投票した。医者の往診鞄の中には投票用紙が700枚入っていると言われたものだ」

「なるほど。政治家が恐れるわけですね」

医師会は自民党だけに献金し、医者の政治家を作る

「医師会は自民党に献金し、医師会員の医者を政治家として当選させることで政治力を保ってきた。医師会が政治に関与するのは医師会という団体を守るためであり、当然のことだ。どの企業も自分たちの利権を守るためにしている行為に過ぎない。

ただし、医師会は32万人ほどいる医者の代表者ではなく、開業医が医師会に加入しているという意味で、開業医の利益代表者だ。医者は医師会に入る条件として、夜間の救急外来に輪番制で出務しなければならないといった義務はあるものの、医師会が勤務医を含めたすべての医者に指揮権を持っているわけではない」

「医師会ってすべての医者の集まる団体だと思っていたのに違ったのですね。半数の勤務医には関係のない話ですね」

なぜ、医師会長がテレビに出たのか?

「医師会長は中小病院の院長、もしくは開業医であり、伝染病の専門家でもなければ、開業医を動員する力もない。なのに何故、何度もテレビに出演したのだろう。

テレビで喋ることは、感染を避ける一般的注意喚起しかない。そうするうちに医師会長は自粛を呼びかけながら会合に出席し、病院でコロナ患者を受け入れていないとの非難の嵐を受ける事態になった」

「確かにテレビに出る必要はなかったのに不思議ですね」

医師会長の誤解

「医師会長は政治家に対して一定の力を持っていても、非会員の勤務医にも、ましてや一般の人にも影響力を持っていないことを十分に理解していなかったようだ。

開業医は事業主として上手く経営すれば収益を多くあげることができるので、世間の人は医者を自由業と理解しているが、保険のおかげで仕事をしている半公務員ということもできる。
だから【保険で食べているのだから開業医に強制的にコロナの仕事をさせるべきだ】という意見が出てくることになった。医師会長がテレビに出さえしなければ、こんな議論は起こっていなかったはずだ」

「キジも鳴かずば撃たれまいですね」

「よく開業医と勤務医の収入格差がネットで取り上げられているが、開業医は事業主で資本を投入してクリニックを経営している。勤務医は単なる労働者で、労働者と事業主の収入を比較すること自体意味がない。

開業医は資本家として資本を出してクリニックという事業を始めるが、収入が保険診療であるかぎり、腕の良さも経験も反映されない社会主義的な定額料金の中から資本を回収しなければならない。おまけに自費診療は厳しく制限されている。そうなると、政治力をもたなければどうすることも出来ないという事情もよく分かる。だからこそ医師会は慎重に、そして戦略的に動いていく必要がある」

「なるほど」

「医療は世界中で社会主義化の道を歩んでいる。
アメリカではメディケア保険が導入されて連邦政府の出費が大幅に増えている。中国ではいままでは健康保険が公務員にしかなかったのだが、今はその範囲が広がっている。世界中で税金や健康保険料というパブリックマネーが医療の中心になってきている。だからどこの政府も医療費の増大に悩んでいる。
この状態を考えれば医者の給与を抑えるために医者を公務員化して医療費を抑えようとするのではないか。そうなれば医者を僻地に派遣することも伝染病に駆り出すこともできるようになる」

「確かにそういうことになりますね」

「俺は専門家ではないので、友人の医者に聞いてみた。その友人の話を最後に載せておこう」

世界中で医者の公務員化が進む

「世界中で医者の公務員化が進むだろう。この流れは誰も止めることはできない。
開業医が資金投入して事業を始めようとしても、検査機器の高騰から個人では始められなくなるから、おそらく開業医の施設も公共機関が作り、医者はすべて公務員になるはずだ。そうなると、医療費はずいぶんと抑えられるだろう。

腹腔鏡手術イメージ図もうずいぶん前だが、大学の腹部外科の教授が腹腔鏡手術をしていた。当時は腹を切り裂いて手術する開腹手術しかなかったので、腹腔鏡手術は患者に負担をかけない画期的な手術だった。

手術の保険請求をするにも内視鏡手術の保険点数はなかったので、しかたなく開腹手術をしたことにして保険を請求した。するとそれが違法だということで、保険請求を断られて弁償しなければならなくなった。その後すぐに腹腔鏡手術が保険で認められたが、規定のないことを半公務員といえどもしてはならない。

もし医者が公務員になると、たとえ患者さんにどんなによいと思われることでも法律にないことは決してしてはいけない。つまり医者として自分で工夫ができない世界になるということだ。

俺はそんな世界に生きるのはまっぴら御免だ。もし、自分で工夫できる医療をしたければ、保険診療以外の有効な医療を学ぶこと、つまり自費診療で有効な手段を自分で見つける以外にない。公務員化は医療現場での工夫を消してしまうことになるだろう」

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