第6話「山本先生亡き後、漢方の発展を考える」
さて、私は丸薬作りばかりに明け暮れていたわけではない。遊んでもいた。趣味はゴルフであることは前編にも書いた。ゴルフは楽しいが、雨の日にだけはラウンドしたくない。グリーンが濡れるとボールが転がらないし、カッパを着てプレーすると体が回らないのでボールが飛ばない。本来、ゴルフは雨の日でするスポーツではない。だが、日本では雨を理由にキャンセルすると裏切り者のように言われる。ゴルフに行くためにわざわざ休みを取っている人もいるから雨を理由に中止できないからだろう。ゴルフ場も客足が減っては困るからキャンセルを嫌がる。そんなわけで雨でもゴルフが強行される場合が多い。
私の入会したゴルフクラブはメンバー数が1200人と少なく、入会資格として他の2つのKGU加盟のゴルフクラブに入ることも義務づけていたからいつも空いていた。メンバーになってキャディマスター室と馴染になると予約なしで行くようになった。朝の天気で出かけるかどうかを決める。こんな風だから一緒に行くのは嫁さんだけ。夫婦なら約束を取り付ける必要がない。クラブに着くといつでも一番先にスタートさせてくれる。ツーサム(2人でラウンドすること)だから、しばらくすると後ろの4-5ホールは誰もいなくなる。自分専用のゴルフクラブのような感じでラウンドを楽しめた。疲れるとティーインググランドやグリーン横に腰を下ろして休憩する。スル―で回るから12時にはプレーを終了できる。
日本のどんな名門コースでも予約なしでいつも一番スタート、ツーサム、スル―を許してくれるクラブはない。そんなプレーを10年間、400回位続けただろうか。そのクラブが他のクラブに身売りされるまで楽しいゴルフは続いた。
ゴルフ場へは田舎道を1時間余り走る。夏は田植えのすんだ青々とした緑が道の両側に広がり、秋には実をつけた柿の木を民家の庭先に見ることが出来る。そんな時、車の屋根を開けて風を感じて走る。私が車の屋根を開けると妻が日に焼けるとか頭が熱いなどと文句をいうが、妻がハンドルを握っているときに私が屋根を開けても文句を言わない。横に乗っているのは嫌でも運転はとても楽しいのだ。
ある時、妻と回っている時に私が80センチほどのパットを外した。下りのパットで少し強く打つと遠くに転がって行ってしまいそうだった。そんなことを考えながら打つとショートしてしまった。パットはホールを少し行き過ぎるように打たなければ、永遠にホールに入らない。私が悔しがっていると、妻が「弱虫、意気地なし」と声をかけた。それを聞いて私はパットを持つ手がワナワナ震えるほど腹が立った。自分でもそう思っていたからだ。一呼吸してから顔を上げ、妻に「確かにそうだ」と返事をした。ゴルフはそこが面白くもあり、厳しいところでもある。
さて、こんな日々の中、山本先生は亡くなられてしまった。先生から教えていただいた処方をただ使っていた私の心に去来したものは、[もう教えてくれる人はいない、どうしたらいいのだろう?]という思いであった。多くの弟子たちの気持ちも同じだったと思う。あまりに偉大な先生だったので、弟子たちは先生の教えてくれる処方を理解して使うことに明け暮れていた。先生が教えてくれた以外の処方を古典からみいだして使っていくことはとても出来そうもないことに思えた。
ある日、私はリゾートホテルでぼんやり考えごとをしていた。私はどこでも考え事をするので、家族には交通事故に合わないように注意されているほどだ。その時、山本先生の教えてくれた漢方を自分なりに発展させることが出来る方法を思いついた。「そうだ。丸剤を使って処方の解析を行おう」と思ったのだ。本に出会ってから11年の歳月が流れていた。
山本先生は私たちによく効く処方をたくさん教えてくれた。だが処方を構成する生薬たち一つ一つの性質を詳しく調べることまでは手が回らなかった。いや、少しずつはされていたのだが、いかんせんそこには大きな問題があった。
私の母は膝が悪くて山本先生にかかっていた。ある時、先生は幾つかの生薬が混ぜてある処方ではなく単味の生薬を出された。漢防已(かんぼうい)という薬だ。その生薬だけの効果を知りたくて単味の生薬を出されたのだと思う。本来なら防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)の中に入れるはずなのに、漢防已だけの効果を確かめるべく単独で出された。生薬を単味で飲むのは大変難しい。とても我慢強い母でも何度も吐いて飲むことが出来なかった。だが丸剤にすればできる。味も匂いもしない。そうだ!私は山本先生が出来なかった仕事、つまり一つ一つの生薬解析に丸剤を使おうと思いあたったのだ。
保険漢方薬は幾つかの生薬が混じってエキスにされているから単味の生薬の効果を知ることは出来ない。生薬は単味で出すとまずくて飲めない。でも単味でなく幾つかの生薬が混じった処方で出すと飲みやすいのは何故か?それは甘草(かんぞう)という生薬が入っているからだ。甘い味のする生薬で、漢方処方全体の70%にこれが混ぜられている。
- 第6話「山本先生亡き後、漢方の発展を考える」
- 2013年04月19日
「漢方医<後編>」目次
- 第1話「丸剤を知るきっかけとなった本との出会い」(2013.03.15)
- 第2話「モンゴル医学とは」(2013.03.22)
- 第3話「山本巌先生から癌を治す処方を伝授される」(2013.03.29)
- 第4話「製丸機を買う」(2013.04.05)
- 第5話「丸剤を作ることへの様々な障害」(2013.04.12)
- 第6話「山本先生亡き後、漢方の発展を考える」(2013.04.19)
- 第7話「処方の解析に丸剤を使う」(2013.04.26)
- 第8話「一般の医者は漢方を信じていない」(2013.05.03)
- 第9話「保険漢方の普及が漢方医の首を絞める」(2013.05.10)
- 第10話「新しい薬を作らない漢方医たち」(2013.05.17)
- 第11話「技を伝承する難しさ」(2013.05.24)
- 第12話「先人たちからの遺言」(2013.05.31)
- 第13話「絵とフェイスタイム(FaceTime)」(2013.06.07)
- 第14話「東京へいく決心をする」(2013.06.14)
- 第15話「東京の調査」(2016.01.25)
- 第16話「東京人って本当にいるの?」(2016.04.25)
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