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漢方医

第16話「東京人って本当にいるの?」

江戸っ子はどんな存在なのだろう?
生粋の江戸っ子に聞くのがいい。だが探しても生粋の江戸っ子には出会わなかった。東京に住んでいる知り合いはいるが、何代か前から住んでいる人はいない。青梅市に住んでいても江戸っ子とは言いにくい。
よく考えると東京から来た患者さんで綺麗な女性が白金台に住んでいる。お父様もお祖父さんも慶応ボーイだと分かった。ご本人は外資系の航空会社に勤めているが、江戸っ子という気負いもなくサラっとしていて、関西で言えば芦屋のお金持ちのお嬢様のような感じだ。
よし、この人に聞いてみようと思って、東京に行った時に帝国ホテルの吉兆で接待した。
色々と質問をしていると夏のことでもあり、鮎が出てきた。私が鮎の骨の抜き方を女性に説明していると、中居さんが、「骨を抜きましょうか?」と声をかけてくれた。私は骨を抜いている中居さんを見上げながら、「あなたは男を骨抜きにしたことがありますか?」と聞いてみた。すると真っ赤になって「そんなこと、私は最も苦手でございます。」と怒ってしまった。イカンここは東京だ。しかも帝国ホテルだと思った。

大阪の女性はくだけていて面白い。飲み屋に行っておねえちゃんに「今晩付き合わない?」と声をかけると、「ウチら高いよ。」と適当に相手をしてくれる。ある時、大阪の女を連れて居酒屋に行った。私がトイレに行っている間に隣の男客と親しく話している。どうしてそんな短い時間で親しくなれるのか不思議だった。大阪の女と東京の女は大分違う。そうならもっと研究しなければいけない。
東京の人は関西と言えば大阪というイメージが強いが一口に関西と言っても神戸部族、京都部族、大阪部族ではまったく雰囲気が違う。この違いを説明しておこう。

神戸部族

元々小さな漁村だった神戸が発展したのは明治維新になってからだ。だから土着の人は少ない。国際貿易港として発展してきたから神戸部族は新しいもの好きで、部族へのこだわりはない。神戸の東部、芦屋、西宮、宝塚一帯は阪神間と呼ばれ、日本でも有数の住宅地で、大阪のお金持ちも多く住んでいる。

ある時、東京出身で現在はハワイ在住の人にあった。その人は阪神間と呼ばれるこの住宅地に3ヶ月ほど滞在していた。
「神戸って本当に暮らしやすい。東京みたいに人が気取っていない。ハワイの人の付き合い方と全く同じで率直だ。」という。だが、良いところばかりではない。神戸はヤクザの伝統があり、たまに危ない人を見かけることがあるし、あまりガラの良くない場所もある。東京ほど無防備ではいられない。

京都部族

京都の財界の重鎮が「京都から東京に進出する企業があるでしょ。そういうのを私ら都落ちと言いますねん。」という。長く続いてきた古都としての強烈な誇りがある。
誇りのある部族は格式にこだわり、格好をつける。京都の着倒れとはそういうところから来ている。大阪人のように人の心の中にいきなり土足で上がってきたりはしないし、上品だ。有名な「ぶぶ漬けいかが?」じゃないけれど京都部族の言葉を額面通りに受け取ってはいけない。影で「ど厚かましい奴だ。ぶぶ漬け(お茶漬け)まで食べて帰りやがった。」と言われる羽目になる。

大阪部族

大阪は庶民の町としての長い伝統がある。庶民は気さくで他人との境が低い。
探偵ナイトスクープでカンペイちゃんが11時過ぎに番組を見ているかどうか予告なしに住人の家に上がり込む企画があるが、多くの家が上がらせてくれる。
基本的に部族民はお節介で親切だ。他人との境が低いだけに慣れない人は、いきなり土足で心の中に踏み込まれたように感じる。旅行から帰って来て、近所のおばちゃんが、「何処いっとたん?」と声をかけてきたら、腹を立てずに「天国、ええとこやったわ。おばちゃんも行ってきたら?」と適当に相手をしてあげると良い。しつこいようなら「もうすぐやね。おばちゃんの出発は。」と言えば良い。

値切りは大阪では挨拶代わりのようなものだ。前述の高橋さんが銀行員として仕事を始めたのが、天王寺だった。大阪でも南は最も部族臭の強いところだ。買い物をして正規の料金を払ったら、「若いのに格好をつけやがって!」と職場の人から言われたという。

大阪の警察官はガラが悪い。ヤクザの家宅捜索でヤクザともみ合っている刑事を見ると、どちらがヤクザでどちらが刑事かわからない。司法関係者に聞くと、大阪では明治維新に浪人者を集めて警察が作られたので、その伝統を引き継いでいるのだと真顔で言う。
大阪市長だった橋下さんは優秀だがガラが悪い。でもあのくらいの迫力がないと大阪の改革は出来ない。なにせひったくりの数が日本一だ。市役所の職員で刺青を入れたような輩が多いところでは公家のような人物では務まらない。

東京人とは

江戸っ子はきっぷが良く、「宵越しの金は持たない。」と言われる。
武士の家計簿を書いた磯田氏によれば、江戸は豊かな大都市だったので、お金を使ってしまってもまた稼ぐことができたからだという。江戸時代、260年に渡って首都だったから武士が多く住んでいた。
武士は形式を重んじ、プライドが高かった。「武士は食わねど高楊枝」じゃないけれど気取っている。
シロガネーゼに聞いたところ、「しれっとしている。」のがオシャレだという文化があるという。

現在、江戸っ子に会うのは難しい。タクシーに乗っても運転手さんで10人に1人も東京の人はいない。もう40年近く前だが初めて東京に来た時、なんとなくほのぼのとした空気が流れているのが気に入り、一度住んでみたいと思った。そんな雰囲気を醸し出していた土着の江戸っ子は私のような地方出身者の増加を迷惑に思っているに違いない。

江戸っ子は無論東京人だが、地方からの出身者も自分は東京人だと信じて暮らしているように思える。地方出身者は江戸っ子に真似て格好をするし、見栄をはる。だがその分、人の心に立ち入ることもなく、快適だ。流入する人が多いので、人混みに紛れて経歴詐称で暮らせる。
仕事や学校のために東京に出てきて都心で働いていても住んでいるのが、千葉、埼玉、神奈川では東京人とは言えない。関東圏に3000万とも4000万とも言われる関東人が住んでいるのが、その人たちは東京人だと、またはそうでありたいと思っているようだ。

組織を作るなら東京の人がいい

東京に来てからだが、私の後を追うように西洋薬メーカーの営業マンが転勤してきた。東京ではとても仕事をしやすいという。
関西では薬問屋の課長に会いに行き、売り上げ目標を伝えて協力を依頼する。それだけでは駄目なので、部下の人に昼飯でもおごって売り上げを上げるようにプッシュする。そういう習慣でやってきた。東京に来て薬問屋の課長に会いにいったらアポイントを取ってくるように言われた。いままで課長クラスでアポイントを要求されたことなどないから頭にきたが、会いにいった。売り上げ目標を伝えて帰ってきただけだが、月の売り上げは達成されしまった。
関西は組織力が弱く、課長の下の者まで気配りしなければならないことが分かったという。

第2次世界大戦の時、どこの兵隊が一番弱かったかというと大阪出身の部隊だった。最強の兵士は東北出身や九州出身で、それは奈良時代から変わらない。常識的に考えてもあまりに庶民すぎる部族は自分たちで勝手なことをしだすと想像できる。京都の公家のような文化を身にまとった兵士も強そうには思えない。
もし起業したいなら東京がいいのは間違いない。新しい物を受け入れる土壌があり、東京人であるという誇りがあるからではないだろうか。

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