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漢方医

第9話「保険漢方の普及が漢方医の首を絞める」

1961年国民皆保険がスタートした。この制度のおかげで誰もが保険で気楽に医療を受けることができるようになった。ちょうどこの頃、日本の漢方医は30人まで激減していた。ただし、その人たちは飛び抜けた腕を持っていて自費で診療していた。それから6年たった1967年漢方が保険に収載されはじめた。

さて健康保険で漢方が使えるのは大変ありがたいのだが、健康保険の取り扱いが出来る医院に登録すると自動的に自費診療ができなくなってしまった。つまり保険医療機関である限り自費の薬を出すことが出来なくなってしまったのだ。
ある先生は自費の煎じ薬を処方して保険医を取り消されてしまった。患者さんに自費の薬と保険の薬を同時に出すという混合診療ではない。保険医療機関で自費の薬を出せないという法律はどこにもないのだが、出したら保険医取り消し。取り消されると5年間は病院に勤めることもできない。借金して開業したのに保険医を取り消されると勤務医をしながら借金を返すこともできない。

漢方の保険薬には150ほどの処方があるが、現代病に使う薬は少ない。また以前からお話しているように、エキスの量が少なく保険漢方は効きが悪い。難病の患者さんを治すには保険の薬だけでは足りない。ところが医院で自費の薬を使うことは出来なくなった。山本先生が「誰も漢方薬を保険に通してくれと頼んだわけではない」とこぼしておられたように、その時代まで生き残ってきた漢方医院にまで法律が及んだ。山本先生は保険の診療も自費の診療もされていた。先生は様々な工夫をして自費もできる体制を作っていた。元々腕のある先生だから保険の薬なしでもいいのだが、どうして保険漢方も使われていたかというと、先生は新しく作られてきた保険漢方をうまく使う方法を開発したかったのだと思う。

山本先生から自費の煎じ処方を学んだ弟子たちは苦労した。自費の薬を使っていかなければ腕が上がらない。かといって保険医療機関では使用が禁止されている。こっそりやっていれば腕が上がるかもしれないが、ばれたらは保険医を取り消されてしまう。

国民皆保険から40年ほどが過ぎた1999年バイアグラが発売された。すると厚生労働省は突然カルテを自費と保険に分けていれば保険医療機関で自費の薬を出しても法律には違反しないと明言した。この時から保険医療機関でも自費の漢方薬を出すことが可能になった。
こんなことを書きながら私は自分が開業した時のことを思い出した。開業案内も看板もなく静かに開業した。医院の電話番号さえ電話帳に載せなかった。ある日、患者さんが診察券を無くしてNTTに聞いたがそんな医院はないと言われたという。そんなことがあって慌てて電話帳に登録した。偽医者と誤解されないためだ。

自費診療の取り締まりは日本の漢方に壊滅的影響を与えた。誰も危険を冒してまで自費の効く薬を使わなくなった。事実上ほとんどの人が自費診療から撤退した。保険漢方は相談薬局で難病を治していた腕のある薬剤師の先生方にも多大な影響を与えた。お医者さんが保険で漢方薬を出してくれる、エキスなので飲みやすく値段も安い。薬剤師の先生ではなくお医者さんだということで、腕のある薬剤師の相談薬局が次々に廃業に追い込まれていった。

政府が行ったここ何十年かの規制で日本から腕のある漢方医はほとんどいなくなってしまった。日本の宝であった漢方技術は無いに等しい状態になった。別に日本に技術が無くても中国には沢山の名医がいるから教えてもらえばいいだろうという人もいるかもしれない。確かに中国は漢方の本場で大変な腕を持つ先生が多い。ただ中国では西洋医学の技術が遅れていたから日本ほど重症な患者を漢方で治療していたというわけではない。例えば癌患者を治す場合、最先端の西洋医学を受けてなおかつ治らない患者を漢方で治すことになる。難しさが違うのである。そういった観点から見ると山本先生の腕は中国のトップクラスの先生と引けを取らない腕を持っていた。

そもそも中国に名医がいたとしても日本人に教えてくれるはずがない。日本の優れた漢方医療は医療ツーリズムとして国が宣伝できるほどの技術だったと私は思っている。

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