第338回「冷たい食べ物や飲み物と冷え性」
神戸で仕事をしていた時の話だ。1週間に1度はのぞく寿司屋があった。親父の代からだと40年、私が通いだして20年になる。
以前は夕方の五時にもなると行列ができるほどの繁盛店だったが、今は景気のせいか、それほど混んでない。
店に入るとまずビールを注文する。酒は飲めないほうなので小ビン。それに熱いお茶をもらう。ビールとお茶をなぜ一緒に注文するのか。じつはビールだけを飲むと体が冷えて頭痛がしたり、しんどくなるからだ。
たかが小ビンくらいで体が冷えるはずもないと思われがちだが、私のように冷えてしまう体質の人もいる。ビールを飲んで少し熱いお茶を飲む。またビールを飲むといった具合に飲んでいく。すると冷えなくてすむ。冬は焼酎の薄いお湯割りにしているが、夏はやはりビールが飲みたい。そんなに苦労してビールを飲まなくてもと言われれば、ゴメンなさいと言うほかない。
ビールは体を冷やす
ビールというのは体を冷やしやすい飲み物だ。大ジョッキに二杯や三杯ビールを飲むのはわけないが、もしそれが氷水だったら二杯も三杯も飲むことができるだろうか。とてもできないはずだ。
何故か。それはビールには炭酸が入っているためだ。
炭酸が入っていると冷たさを感じにくくなる。さらにビール中のアルコールによって体が温もる。だから氷水は飲めなくてもビールなら飲めるわけだ。
冷たい飲み物が、どれほど体を冷やすか実験したことがある。18度の水をコップ一杯いっきに飲んでもらう。すると体温が0.6から0.8度も下がる。しかもすぐには体温がもどらない。たったそれだけの量でも体は冷える。ビールはもっと冷えた状態で大量に飲まれることが多い。だから体温がかなり下がることは間違いない。
夏の暑い日にシャワーを浴びると、その時は熱いがあとで涼しくなる。皮膚の血管が開いて体温を放出させるからだ。これと同じことでアルコールを飲むと血流がよくなり血管が開くことで体温が上昇するのだが、その後、体はかえって冷える。
おまけにビールはアルコール度が低いので冷酒やウイスキーに比べて液体として飲む量が格段に多い。だから気づかないうちに冷えてしまう。体が冷えると頭痛、肩凝り、下痢、腰痛などさまざまな症状がおこってくる。
「私はビールで冷えません」という人も多いに違いない。そういう人はそれでいい。人によって体質が違うからだ。ただビールをがぶ飲みして気がつかないうちに体調をくずしていることもある。「昨日の酒が残る」とか「悪酔いした」ときなど酒の飲み過ぎだと考えがちだが、アルコールではなく、冷えが原因のことが多いのも事実だ。
特に夏の暑い日、汗をかいたままエアコンのよくきいた部屋で冷たい生ビールを飲む。すると濡れた下着がエアコンで冷やされ、その上ビールで胃を冷やす。そういう条件のもとでは誰でも冷えて調子が悪くなる。
とても暑がりの友人がいる。冬でも素足で布団から足を出して寝る。いつも体に熱がこもっている。こういう体質を漢方では熱症というが、熱症の人は冷たいビールを飲んでもこたえない。この友人でさえ、ときおり悪酔いする。エアコンのききすぎたスナックで早いペースでビールを飲んだりした時におこる。こういうのが冷えによる悪酔いだ。
冷たい物がおいしいのは体を冷やすから
ビールに限らず冷たい飲み物がおいしいのは、のどの渇きをいやすだけでなく体温を下げてくれるからだ。風呂上がりに冷たいお茶を飲んだりすると、とてもおいしい。だからつい飲み過ぎてしまう。
夏の暑いときは、一杯目は冷たいビールを一気に飲んでもよい。でもそれからはあまり早いペースで飲まないように注意しよう。ビールは冷やし過ぎて飲むと旨味もわからなくなるから少し室温においてから飲むとよい。
夜のつきあいの機会が多い営業の人にこの話をした。その人によると接待は食事で始まる。食事の時はたいていビールを飲み、その後クラブで水割りを飲む。「冷たいものばかりだから途中で熱いウーロン茶などを飲むといいですよ」といった。さっそく実行したところ「酒が明日に残らなくて楽だ」と言われた。ウイスキーのお湯割りを飲むのもいいし、帰りがけにラーメンの夜食を食べるのもよい。冷え過ぎないという気持ちでビールを楽しむといい。
私の経験
大学生の頃、真夏に山に登った。山道を登っていくと木の伐採をしている人たちが弁当を食べていた。焚火をしてヤカンを火にかけている。そばを通ると「にいちゃん、熱い麦茶があるよ。」という。「つめたいお茶を水筒にもっていますから」と断ると「熱い麦茶、これがええんやが」という。そのときはなんでこんな時に熱い麦茶を飲まなければならないのだろうと思った。だが最近になって、きつい仕事をしているときに冷たいお茶を飲むと体が疲れるからだと理解できるようになった。
冷え性には漢方がよく効く。冷え性という概念が西洋医学にないだけに冷え性の治療は漢方の独断場である。しかし寒いとか冷たいという自覚症状がなくても冷えが病気の原因になっている場合も多い。冷え性には無関係なような肩凝り、腰痛、気管支喘息、頭痛、便秘、変形性膝関節症、しゃっくり、鼻炎、膀胱炎などにも冷えを原因として病気がおこる場合がある。臨床では患者さんが自覚しない冷えによる病気をいかに上手に治すかが漢方医の腕のみせどころなのだ。
冷えを何故自覚しないのか
物事に熱中していると寒さを忘れることがある。寒い格好で釣りをしていた。あまり釣れるので夢中になって風邪を引いてしまった。こんな思いは誰にでもある。
夢中になっているとき、体は体のなかに伝わってくるいろんな情報を遮断して一つのことに集中できるようにする作用がある。だから緊張して交感神経がたかぶっている時は何かにつけ感覚が一つに集約される。交感神経は動物が戦うための神経であり、こういった戦闘状態にある時に寒さ、熱さといった感覚はできるだけ情報として排除したほうがいい。ただそういった緊張状態が長く続くと、体の大変な異常に気づかずついには突然死することもある。ともかく交感神経緊張状態では冷えも自覚されないわけだ。
また痛みとか吐き気といった別の感覚が強い時、弱い感覚は消されてわからないこともある。冷えて腰が痛いのに、痛みばかり感じて冷えていることを感じないこともある。苦痛には優先順位があるからだ。こんなわけで冷えというものを感じない人がいる。
冷えの原因
なぜ体が冷えるのであろうか。慢性に冷える環境を無意識に作っていることが多いのである。冷えの原因について上げてみよう。
- 1.熱産生が低い
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胃下垂ぎみの人は食欲がない。少しでも食べると気分が悪くなる。油っこいものは苦手で酢の物とか果物などカロリーの高くないものを好む。沢山食べられないので十分な熱産生ができずに冷え性になる。胃腸を丈夫にしなければ冷えを根本から治療できない。つまり薪の少ないストーブは暖まらないわけだ。
また歩いたり、運動したりしないと食べたものが熱産生に使われない。よく運動すると基礎代謝が高くなり熱産生が多くなる。子供は元気で走り回るので熱産生が高いが、年を取ると次第に運動しなくなり冷えやすくなる。
- 2.外と内から冷える
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外からの冷えは雨に濡れたり、釣りに行ったりしておこる。環境が引きおこす冷えである。下痢や腹痛、腰痛などがおこってくるが、冷えによる病気という感覚は少ない。腹痛などの症状の出現と冷えたという感覚の間に時間差があるためだ。
内からの冷えとは食べ物による冷えだ。胃袋を冷やすことでおこってくる。ビール、果物、生野菜、アイスクリームなどの過度の摂取による。冷蔵庫の普及にともなっておこってきたので冷蔵庫病ともいう。慢性の場合は下痢もせず、冷えていることも自覚しないこともある。
- 3.水太りと瘀血
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水太りの人は冷えやすい。浮腫は体の表面に水の層をのせているようなものだ。寒い場所にいると、一般の人より冷えて困ることになる。また手足に精神発汗が多い解毒証体質(ゲドクショウ:※「第49回穴の病気」を参照)の人は冷え性になりやすい。冬でも靴下が汗で濡れてしまうからだ。
血管が詰まったり、血流の流れが悪くなれば当然冷えがおこる。血液は体の末梢組織に栄養や酸素を運んでいくばかりではなく、熱のコントロールにも大きく関与している。微細な血流の滞りは冷えとなって現われる。
木下藤吉郎(豊臣秀吉)の話
姉川の合戦、小谷城の合戦で手柄を立てた豊臣秀吉(当時は「木下藤吉郎」)は長浜城主となり、一躍大名の仲間入りを果たした。ある日、秀吉は鷹狩りに出て喉が渇いたので、観音寺に立ち寄って茶を所望した。
寺の童子が大きい茶碗に、ぬるい茶を八分目ほどたてて持ってきた。秀吉はこれを飲んで、「うまい、もう一服」と所望した。童子は、今度はもう少し熱い茶を茶碗に半分足らずたててきた。秀吉は「さては」と思い、試しにもう一服頼んでみた。すると童子は小さい茶碗に熱い茶を点てて持ってきた。
秀吉はこの童子の気働きに感じ入って、長浜に連れ帰り小姓とした。この童子が、後に五奉行の一人となる石田三成である。
患者さん:29歳男性
1~2年前より時々腰痛を覚えるようになった。ここ2~3週間は毎日のように腰痛がおこる。身長は180センチ、75キロ、筋肉質でとても冷え性には見えない。酒屋に勤務しているので、ビールを一度に何ダースも担ぐことがあるという。
お腹を触ってみると異常に冷たさを感じる以外に異常はなかった。
腰の冷えから詳しく質問すると毎日ビール大ビン5~8本のんでいることがわかった。さらに最近では酒量が増えているという。
「あんた氷水3リッターも飲めるか。冷たくて飲めんやろ。冷たいビールを何リッターも飲んで胃袋を氷嚢にして腰を冷やしたらいかん。酒を飲みたいのだったら焼酎のお湯割りにしろ」と注意した。
一見したところがっしりした筋肉質でスポーツの得意な若者。下痢もないこんな人でも冷えによる病気をおこしてくる。冷えの治療は病因が冷えであることを見つけるのがいちばん難しい。単純な冷えは患者さんが教えてくれるのだが。
- 第338回「冷たい食べ物や飲み物と冷え性」
- 2025年07月01日
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