第15話「東京の調査」
私は神戸生まれの神戸育ち、東京には縁もゆかりもない。母は大阪、父は神戸出身、親戚は医者か弁護士が多いから転勤者もなく、親戚は東京には1人も住んでいない。妻は大学を東京で過ごしたから、多少の土地勘があるものの、学生時代の友人が少しばかり住んでいるだけでこちらも東京には知り合いは少ない。
開業医に商圏というものがあるとしたら多分5キロの円に入るのではないか?わざわざ隣町の開業医に診察を受けにいく人はいない。神戸で診察している時、どんな所から患者さんが通って来てくれているか調べたことがある。
開業していた神戸の中央区からの患者さんは5パーセントしかなく、神戸市の他の区から来ていた患者さんが5割、市外、県外が約5割だから一般の開業医に比べるととても広い商圏を持っていたことになる。東京からの患者さんも20人くらいはいた。理由は多分、自作の丸薬を頼って来てくれた患者さんが多くいたからだろう。
しかし基本は神戸、西宮、姫路などの近隣の患者さんに支えられて仕事をしてきた。だから私が東京に行けば患者さんは困るだろうが、私はもっと困ってしまうだろう。やっていける自信は無論なかった。
東京に行きたいと思ってもまずは東京のことを調べねばならない。
そこで旧知の銀行員で神戸の支店長をしていた高橋さんを訪ねた。私は高橋さんの銀行で何度か講演をさせていただく機会があり、面倒見の良い高橋さんに相談したのだった。
食事をご馳走してくれた高橋さんは、「神戸で診察していて何も困っていないのだから東京に出てくる必要はないのではないか?」と、とても心配してくれた。
丁度その頃、娘が東京の大学に合格したので、娘に会いに行くついでに東京見物をしながら東京のことを調べてみようと思った。
もともとエピキュリアンの私は、何かに向かって一直線で努力するのは苦手だ。東京に馴染んで行けば色々とアイデアも浮かび、決心も固まるのだろう。もしそうでないなら東京には行かない方がいい。先人たちの漢方を広げるという夢は大事だが、無理しては成功しないだろうと思った。
10年ほどしか前でないのに、グーグルマップはなかったから本屋で東京の地図を買って来て、行った所に赤丸●をつけていった。住居と開業に適した場所がないかを調べるためだ。
もともと土地勘がないし、どんな場所がいいという先入観もないから自分の感覚だけで土地を見ていった。東京に仕事で行く人は多いし、転勤で、ある意味強制されて行く人は多いが、私のようなお気楽な人はほとんどいないはずだ。地名にも全く馴染みがないので、三軒茶屋のことを六軒茶屋と言ってみたり、本当に無茶苦茶だった。ただ、しがらみがない分、純粋に土地を観察することができたと思っている。
私は、関西では神戸、芦屋、西宮に住んだことがあり、東京の高級住宅地である成城学園前、広尾、田園調布、自由が丘などを見て回ったが関西と比べてそれほど高級な住宅地とは思えなかった。どうしてなのか分からなかったが、ネットを見ていてやっと理解ができた。日本中を1700余りの地域に分けてそこに住む住人の所得を高い順に並べていくと、一番高い地域は港区、それに渋谷区などが続くが4位に芦屋市、23位に西宮市が入っているのだ。芦屋市に住む住人は所得が高い割に土地が安いから豪勢な建物を建てることができる。確か宝塚も30位くらいには入っていた。東京の区で200位以下の所もあるのだから、我々が想像するより東京は豊かではないのかもしれない。
中堅の設計事務所に勤めている友人が面白いことを教えてくれた。本当に東京らしい東京は極めて狭い範囲で精々1片が6〜7キロの正方形の中に収まるというのだ。つまり、歩ける距離だというのだ。
まさかと思ったが、本当だった。国会議事堂、官庁、大使館、大企業の本社、テレビ局などが集まっている。正確には新宿副都心や丸ノ内は少しずれるが、東京らしい東京はそこがすべてと言っていい。
街角インタビューは新橋か銀座で行われるのが普通だし、テレビに出てくると言えばその他に渋谷のスクランブル交差点、恵比寿、六本木といった場所だ。地方の我々が知る青山、赤坂、霞ヶ関といった地名は、ほとんどはここの中の地名だ。
患者さんのお嬢さんが東京で仕事をしていたので、東京の案内を依頼した。その人が「東京って起伏が多いの。地名にも起伏を表す言葉が多く使われている。」と言う。
確かに渋谷、赤坂、代官山、青山、溜池山王、白金台など起伏を示す言葉が多い。
神戸は北に六甲山があり、南は海と決まっていて細長い地形だから、迷うことは少ない。阪神間で山の手と言えば本当に山の手であり、そこが高級住宅地でもある。東京の山の手と言えば城南、つまり皇居の南側を中心とする一体だが、高い山があるわけでもなく、多少の起伏があるものの、何やらピンと来ない。
生粋のシロガネーゼに聞いたところによると、起伏の高いところが、やはり好まれるそうだ。彼女は白金台に住んでいたが、白金とは違うのだと言う。確かに起伏の低い所は気が滞っていて、印象は良くない。渋谷の駅を降りると谷底であることを感じる。道玄坂、宮益坂などすべての方向に上り坂になっている。ちなみに渋谷から東急本店に向かって上がっていくと松濤という大変な高級住宅地があるが、そこから徒歩10分のところにラブホテル街があるのは、私には理解できなかった。
元々東京は武蔵野台地が海に落ち込むような地形だったが、それを埋めたてて現在のような地形ができた。江戸城付近は沼地のようなとこだったし、浅草寺は網にかかった仏像を祀るために建てられたと聞いている。東京を歩いてどこまでも平坦なら埋立地と考えていい。丸の内、銀座などは平坦だ。東京に住む場合、古地図を見て、地盤の固い武蔵野台地が顔を出しているところがいいという。知り合いの大学教授は古地図を見て神楽坂に家を買った。
さてテレビのバラエティ、ケンミンshowを見ていると、大阪人を小馬鹿にしたような企画が流れる。大阪人は「ピストルで撃つ真似をすると倒れてくれる。」とか「すぐに自慢話をする。」とか大阪のみならす他府県のことをどちらかといえば見下したような企画が多い。大阪人という人種は確かに存在し、かなり特殊な土着の部族と言える。では東京人と呼ばれる土着の部族がいるのか、どんなマインドを持ち合わせているのかを調べてみたくなった。大阪部族を小馬鹿にして番組を作っている製作スタッフは東京人なのだろうか?東北出身ならシャレにもならないはずだ。
……続く(不定期更新)
- 第15話「東京の調査」
- 2016年01月25日
「漢方医<後編>」目次
- 第1話「丸剤を知るきっかけとなった本との出会い」(2013.03.15)
- 第2話「モンゴル医学とは」(2013.03.22)
- 第3話「山本巌先生から癌を治す処方を伝授される」(2013.03.29)
- 第4話「製丸機を買う」(2013.04.05)
- 第5話「丸剤を作ることへの様々な障害」(2013.04.12)
- 第6話「山本先生亡き後、漢方の発展を考える」(2013.04.19)
- 第7話「処方の解析に丸剤を使う」(2013.04.26)
- 第8話「一般の医者は漢方を信じていない」(2013.05.03)
- 第9話「保険漢方の普及が漢方医の首を絞める」(2013.05.10)
- 第10話「新しい薬を作らない漢方医たち」(2013.05.17)
- 第11話「技を伝承する難しさ」(2013.05.24)
- 第12話「先人たちからの遺言」(2013.05.31)
- 第13話「絵とフェイスタイム(FaceTime)」(2013.06.07)
- 第14話「東京へいく決心をする」(2013.06.14)
- 第15話「東京の調査」(2016.01.25)
- 第16話「東京人って本当にいるの?」(2016.04.25)
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