第11回「慢性の咳」
桃の食べ過ぎで咳き込む
桃といえば岡山の白桃。他の桃に比べ香がよく果肉の繊維が細い。熟れてくると爪で簡単に皮がむけ、ぽたぽた果汁がしたたるほどにジューシーだ。傷みやすいので県外に出されることが少なく、ほとんどが県内で消費される。だから白桃を手にいれるのは関西でも難しい。いい桃は一個1500~2000円以上もする。ことさら旨いのが地蔵盆前に出る大きな白桃だが、めったに手にはいらない。
なぜ桃に詳しいかというと、私の好物なのだ。いい桃を手にいれるため、果物屋に注文して箱単位で白桃を買っていたことがある。一個1500円もするような高い桃ではないが、それでも普通の桃の二倍くらいの値段はしていた。ほんとうは箱単位ではなく2~3個ずつ買いたいのだが、高い桃を仕入れても売れなければ果物屋も困ってしまう。そこで箱買いならということで果物屋が注文を受けてくれた。箱の中には10~12個の桃が入っている。ただでさえ傷みやすい桃だから早く食べないといけない。食べ終わるとまた注文を出す。桃のシーズンは意外に短く、一カ月くらいだから食べるのにも力が入る。そんなことをして大量の桃を食べ終えて秋をむかえた。
体調に異変を覚えたのは九月半ばころからだった。時々妙に咳き込む。ときには顔が真っ赤になるまで咳き込んでしまう。エアコンの風あたった時だとか、布団に入って体が温もってきたときに発作のように咳がでる。風邪を引いているわけではない。どうもおかしい。何が原因なのだろう。そういえば昔こんな咳が続いた時期があった。車で通勤しているとき、アメ玉をダッシュボードの中に入れて何気なく舐めていたことがあった。そのときもこんなふうに咳き込んで困った。
ひょとして桃を食べ過ぎたせいではないか。糖分を取り過ぎたのだろう。そう思って砂糖類を一切やめて一カ月ほどすると咳は止った。
原因不明の慢性の咳
自分が病気になって患者さんをみると、そういう咳き込む人がやたら多いことに気がついた。寝ていて明け方になって咳が出て目が覚める。人と話していると急に咳き込む。
こんな症状が長く続く。この咳はひょっとするとノドのアレルギーによるのではないのか。そんな風に考えるようになった。花粉やホコリが鼻の粘膜についてアレルギーをおこすように、ノドの粘膜にホコリなどがついて咳をおこしているのではないか。鼻アレルギーが糖分で悪化するようにノドのアレルギーも糖分で悪くなるのかもしれない。
ある日倉庫で働いている若者がやってきた。倉庫に入ると咳が出る。以前はそれだけだったのだが、最近では家でも咳がでるようになった。アレルギーだろうと考え、糖分をひかえてもらい、漢方で体質改善をしたら咳が出なくなった。これ以後、慢性の咳の人にはアレルギー体質を治す治療をするようになった。するとほとんどの人がよくなる。だからやっぱりノドのアレルギーだったんだと確信をもつようになった。
このアレルギーがおこる経過はさまざまだ。私のように糖分を取り過ぎてアレルギー体質に傾いてくる場合、風邪を引いてノドが荒れているときにアレルギーになってしまう場合、掃除をしているうちにホコリで感作されてしまう場合などがある。
風邪を引いた後にアレルギーになって咳だけが長くのこる場合もある。こんなとき患者さんはいつまでも風邪が治らないと勘違いしていることもある。
咳払い
慢性の咳に似ているものに咳払いがある。咳払いは昔から親父の代名詞のようなものだった。機嫌の悪さを示す意思表示に咳払いをつかう親父も多かった。不思議なもので女の人はあまり咳払いをしない。何故だろうと不思議に思っていた。ある日、漢方医の集まりがあったとき、年配の先生がエヘン、エヘンと咳払いをしながら席を立ってトイレにいった。それを見送っていた漢方医が「○○先生、昨日ブランディー飲み過ぎはったんやね。」と言った。そうか、酒か。それで女の人には少ないのか。そう思って観察すると面白い。自分も酒を飲むと咳払いの数が増える。甘みの強い酒、ブランディーやカクテルなどを飲むと増える。またよく観察すると小さな咳払いは女の人もしている。
そもそも咳払いはどうしておこるのだろう。ノドの奥にねばっこい痰がひっついている。これを取ろうとして咳払いがおこる。ところが癖のような咳払いでは咳払いをしても痰のからみがなくなる感じはない。実際に痰がノドにひっついているわけではなさそうだ。ノドの粘膜が腫れて、それを痰と勘違いして咳払いを繰り返しているのだろう。酒でおこることが多いが糖分の取り過ぎでもおこるようだ。
起こるメカニズムは慢性の咳と似ているが、アレルギーではなく、そのほとんどがアルコールによる血管拡張によっておこるのではないかと想像している。いづれにせよ咳払いはほとんど苦痛ではないらしく、一度も治してくれといわれたことはない。
慢性の咳が長く続くと、その後に喘息がおこってくるような気がする。ノドのアレルギーから気管支のアレルギーになっていくのではないか。咳払いはひょっとするとそういったアレルギーのまえぶれなのかもしれない。
- 第11回「慢性の咳」
- 1996年10月23日
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