第64話「未知の不安」
誰も歩いたことのない未知の世界に足を踏み込んだ途端、恐怖や不安に襲われる。それは当たり前のことかもしれない。そんなことを寝床の中で思っていると、夢の中に老人があらわれて話はじめた。
老人:「君はマキャベリを知っているか?」
私:「君主論を書いた人でしょ。15世紀のイタリア人です」
老人:「よく知っているな。彼は貴族で、弁護士の息子だったが、弁護士になることが出来なかった」
私:「能力がなかったのですね」
老人:「そういう見方もあるが、弁護士の持っている判例集はとても高価で、それを使えるという優位な立場にあったのだが、残念ながら弁護士にはなれなかった。この男が君主論を書いているのがとても興味深い」
私:「600年後も世界中で読まれる本を書くなんてすごいですね」
老人:「じつは彼のことを悪人だと誤解している人がすごく多い。彼は戦いに勝つためにはどんな手段をとっても良いという本を書いたと思っている人ばかりだ。だがそうではない。政治の世界では情緒的に対応していたら国が滅んでしまう。
当時、イタリアはナポリやフィレンチェ、ピサなど小国に分かれていたからフランスやスペインという大国にいつも脅しをかけられていた。そんな苦境を脱するためには国と国の間では道徳心ではなくてドライな関係が必要だと言っているにすぎない。
晩年、彼はすべての財産を失い、残ったのはつましい山小屋とぶどう畑だけになった。そこで昼は農作業をして夜になるとフィレンチェの官服に着替え、思いを込めて君主論を書き上げた。彼の思想に大きな影響を与えたのはチェーザレ・ボルジアだ。彼は国家間では情を挟んではいけないという見本を見せたという。
いずれにせよ人々が君主論を受け入れるにもずいぶん時間がかかった。新しい考えを広める思想家とは孤独なものだよ。これ以上の詳しいことは、塩野七生さんの『我が友マキャベリ』を読んで欲しい。君主論は人生の挫折を味わった男が孤独の中で人生の最後に書き上げた傑作だ」
- 第64話「未知の不安」
- 2024年09月10日
こちらの記事もあわせてどうぞ
夢の中の老人 の記事一覧へ
患者さまお一人お一人にゆっくり向き合えるように、「完全予約制」で診察を行っております。
診察をご希望の方はお電話でご予約ください。
- 読み物 -
- ●2024.10.10
- 第313回「膵臓がん患者のその後」
- ●2024.10.01
- 112.私は自分が病気になった時、自分の薬を飲みたい
- ●2024.09.25
- 第312回「私のクリニックでは従業員が互いに施術をする」
- ●2024.09.20
- 第311回「ノブレスオブリージュとは」
- ●2024.09.10
- 第64話「未知の不安」
※ページを更新する度に表示記事が変わります。