第5話「鍼治療」
鍼を研究し始めて初めて紹介されたのは、お婆さんの鍼灸師だった。フランス語と英語が堪能で、時々フランスに出かけて鍼を教えているという。治療場所に行くとすでに患者さんが6人ばかり待っている。しかしその鍼灸師は現れない。2時間ばかりして姿を見せると、遅れたことを詫びることもなく治療を始めた。治療は変わっていた。経絡というツボとツボを結ぶ線上を指で指圧していく。そして経絡の最後のツボに金の鍼を1本うつ。
指圧と鍼が合体したような治療法だ。鍼は純金で出来ていて少し力を入れるだけでクニャクニャ曲がった。私の質問には親切に答えてくれたが、何時、施術が始まるかわからないから見学にいくことができなかった。
県立病院の麻酔科の先生が鍼をしているという。リハビリテーション科で鍼をしているので見にいった。
ご存じの方も多いと思うが、中国の鍼は太くて、日本の鍼は細い。先生は5寸釘のような中国鍼を10本ほどをジャラジャラ手の中でもてあそびながら現れた。患者さんを座らせて左手で患者の頭を押さえ、グイと首に鍼を差し込んだ。まるで大根に5寸釘をさしているようだった。そして消毒もしないことに驚いた。
紀元前から鍼は打たれていて、当時は消毒の知識もなかった。鍼が切り裂く面積は小さいから細菌感染を起こす可能性は大きくはない。だが、実際に感染が起こることもある。私はこの鍼を習うことを止めた。
しばらくして友人のお母さんが腕のいい鍼灸師だとわかった。そこで施術を見せて欲しいと頼み込んだ。すると「本来なら他人には見せないのだが、特別に見せてあげる」と言われた。そこで見学に行ったのだが、お母さんがにこやかに対応してくれるものの治療は見せてくれない。「あの-、治療を見せて欲しいのですが」と頼むと、「それでは先生に鍼をしてあげましょう」と言われて、パンツ一枚にされてしまった。何処も悪くないのに鍼を打たれてもどう効いたのかわからない。おまけにその日は何故かパンツを裏返しに履いていたから恥ずかしさのあまりどんな治療をされたか分からないままに見学は終わってしまった。服を着ながら治療を見せないのは、早々にお帰りくださいということだと思った。
鍼は難しい
指圧なら指で患部を押す。指は一定の面積があるが、鍼は点だ。鍼を刺す深さや角度によって響き(ズーンと重たくなる感覚)が得られる。これができるまでに時間がかかる。
鍼灸師は気難しい人が多いようにも思う。陰陽五行をベースとした様々な理論が鍼にはあり、また脈診などを利用して鍼を打つ人もいる。こういった知識に溺れて自己満足に陥っている人もいるのかもしれない。
ある時、難病の人がクリニックを訪れた。その患者さんは私の漢方と併用して奈良の有名な鍼の先生にかかりたいと言う。私は喜んで賛成した。しかし1~2回来ただけで来なくなってしまった。半年ばかりして患者さんから電話がかかってきた。病状が悪化してそこまで行けないので近所の漢方医を紹介して欲しいという。鍼の先生から西洋医学も東洋医学も受けてはならないと言われて鍼だけで治療していたのだった。
私の漢方の師である山本巌先生は1寸の、しかも7番から8番の固い鍼を使って治療していた。それを見せてもらっていたので、私もその鍼で患者さんを治療してきた。
ある時、山本先生から目が良く見えるようになるツボを教えてもらって研究していた時、診察室に壁を伝いながら入ってきた患者さんがいた。鍼を打ってしばらくすると目の調子がよくなりスタスタ歩いて出て行った。
この鍼以外にも通電する鍼を試したこともあれば、振動する機械を作って刺した鍼を振動させてみたこともある。
鍼の長所と短所をまとめてみよう。
- 【 長 所 】
- 皮膚表面ではなく、深部の筋肉やツボを刺激できるので、時として素晴らしい効果を上げることができる。
- 【 短 所 】
-
治療にはリスクが伴う。使い捨ての鍼を使うことで折鍼(鍼が折れて体内に残ること)はほとんど無くなった。何故かと言うと古い鍼が曲がったのを伸ばして使っていると金属疲労で鍼が折れやすくなるからだ。毎回新品を使うと金属疲労から起こる折鍼の心配がない。
しかし気胸が起こる可能性がある。鍼で肺をついても鍼は細いから肺が破れそうにも思わないが、刺さった鍼が固定されているのに対して肺は呼吸で動くから大きな裂け目が出来てしまう。無論、習熟した鍼灸師はそういった事故を起こさないが、事故が起こる危険性はゼロではない。
腰痛や肩こりには鍼が良く効く。しかし飛び抜けた治療を求めて腕を上げていくには修練が必要だ。あまりに長い時間をかけて技術をマスターすることになればこれは医療としては使えない。また大きな問題はお灸と同様に鍼を嫌う人が多いことだ。そうなると鍼を教えていくこともままならなくなってしまう。
脈診について
漢方では脈診がとても大切な診断技術として知られている。脈が沈んでいるとか浮いているとか、ネギのように中が空虚だとか様々な種類がある。漢方の師である山本巌先生は自分なりの脈診を持っているが教えないと言われていた。私も自分なりの脈の判断を持っているが人に教える気は無い。教えるのが微妙過ぎて伝えられないのだ。
ある時、日本で有名な中医学の先生が10人ばかり集まって一人の患者の脈を判断する集会に参加できた。面白いことにみんなの言う脈がバラバラなのだ。それほど脈を口で表現するのは難しい。
鍼を打つと脈の感じが変わるのは誰でも感じる事ができるだろう。しかしその意味を判断するのは難しい。
一般の人にある程度分かりやすい脈がある。それは妊婦さんの脈だ。妊娠すると中指の根元に脈を感じるようになる。妊娠月が進むに従って脈は指先に上がっていく。臨月になると爪のところまで行く。昔の漢方医この脈を使って誰より早く妊娠を告げ、臨月を言い当てた。
- 第5話「鍼治療」
- 2016年01月15日
「民間治療見聞録」目次
- 第1話 民間治療にのめり込むきっかけになった話(2015.11.01)
- 第2話 体を触ることで内臓疾患が治るか?(2015.12.01)
- 第3話 民間療法は現在の医療より進んでいたのか?(2015.12.15)
- 第4話 民間治療の分類(2016.01.04)
- 第5話 鍼治療(2016.01.15)
- 第6話 灸による治療(2016.02.01)
- 第7話 耳鍼、水晶鍼(2016.02.15)
- 第8話 井穴鍼(せいけつしん)(2016.03.01)
- 第9話 体から血を吸いだし(刺絡 瀉血)、内出血させて治療する(吸角)(2016.03.15)
- 第10話 武道家のマッサージ師(2016.04.01)
- 第11話 レントゲン技師だったマッサージ師の治療(2016.04.15)
- 第12話 ストレッチとリンパマッサージ(2016.05.01)
- 第13話 お寺で発達した整体術(2016.05.15)
- 第14話 カイロプラクティックと環椎(2016.06.01)
- 第15話 オステオパシー(2016.06.15)
- 第16話 柔道整復術(2016.07.01)
- 第17話 気功(2016.07.15)
- 第18話 気功と佛眼(2016.08.01)
- 第19話 催眠療法、野口整体、Oリングテストなど(2016.08.15)
- 第20話 内蔵疾患から背中が歪むことがあるか?(2016.09.01)
- 第21話 骨格は歪んだり治ったりしている(2016.09.15)
- 第22話 医療にするための方法論(2016.10.01)
- 第23話 整体で病気を予防できる(2016.10.15)
- 最終話 最後に(2016.11.01
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