第32話「第4次産業革命の行方」
裁判所はメールを使わせない
「裁判所ではファックスしか使えないのを知っているか?」
「まさか!外国人が日本に来て一番驚くのはいまだにファックスが使われていることです。メールなら電話代もかからず、文章の電子化も必要ないですよね。何故なのですか?」
「理由はよくわからないが、送り先を間違えたり、CCで文章を送る危険を考えているのではないかということらしい。ファックス番号を間違えることもあるのに。いずれにせよ時代錯誤も甚だしい。
日本でネット環境を自由に使いこなしている企業、団体はとても少ない。一応、エクセル、ワード、パワーポイント、メールは使えても、使いこなしている人は少ない。無料のテレビ電話であるスカイプに至ってはダウンロードすらできない人が多いのに驚く。」
「そうですか?」
「ある日、俺の会社の機械が壊れた。機械屋に電話をかけてスカイプで故障の様子を見せようとした。ところがスカイプの使い方が分からないという。そこで動作具合をビデオに取ってメールで添付しようと思った。動作具合が分かれば壊れている個所も分り、部品を取りに帰る必要もなくなる。ところがそれも出来ないという。
結局、故障個所を見に来て修理してもらうことになった。技術者が往復2時間かけて下見に来て、次の日に修理にくるのは効率がとても悪い。
これはほんの一例だが、真剣に業務改善をしていけば、ずいぶんと生産性が上がるはずだ。日本企業は真剣にインターネットを使って生産性を上げる努力をしているとは思えない。」
銀行に押し寄せる合理化の波
「そういえば親戚のおばあさんが、銀行はなんて非効率な仕事をしているのだろうと腹を立てていたのを思い出しました。
そのお婆さんは銀行にまとまった額の定期預金をもっていたのですが、銀行の支店長から電話がかかってきて、今からご挨拶にいきたいといって、ご挨拶だけに来たのだと言うのです。支店長、運転手の人件費、車のガソリン代などを考えるととても採算の取れることではないと思ったといいます。
銀行が3時に閉まるのも振り込みが3時を過ぎると翌日になるもの理解できないと怒っていました。」
フィンテック(ファイナンスとテクノロジー)
「日本は本当に遅れている。フィンテックという言葉を知っているだろう。ファイナンスとテクノロジーが結びついた言葉だ。お金と情報産業は結びつきやすい。もともと為替は情報が行き来するだけで実際のお金が動くわけではないし、クレジットカードで決済するのも実際のお金が動くわけではない。
日本国内で動いている実際のお金、つまり現物の通貨は情報として動いているすべてのお金の20%くらいで、世界的に見ても現金の占める割合が高い。それでもお金の動く割合は情報としての部分が大きい。もし実際のお金のやり取りが全くなくなるとずいぶん便利になる。お店をしている人はつり銭の用意をしなくてもよくなるし、売り上げの合計を計算する必要もなくなる。そういう時代を生き残るために銀行では大幅な人員の整理が始まった。
もう少しわかりやすく説明しよう。
10万円を振りこむ場合、実際に現物のお金を払うのではなく、支払いました、受け取りました、という情報だけが移動する。今でも銀行を通しての振り込みはそういう情報が行き来するだけだ。
QRコードや顔認証などで本人確認ができてスマホから振り込みができるようになったり、デビットカードで支払いができるようになるとお金を仲介をする銀行の役目はどんどん小さくなっていく。すべての支払いが電子化されると家計簿は自動的にできるし、企業は消費者の好みをビックデータとして用いることができるようになる。」
体力を助ける道具から知力を助ける道具へ
「なるほど。フィンテックは金融における第4次産業革命というやつですね。他の分野でもIOTとかインダストリー4.0などといろんな概念があるようですが、どういう未来になるかピンとこないですね。」
「俺も金融関係のことはある程度分かっても、それ以上にどんな影響を与えるのかが分からない。考えてみると今までの産業革命は人の体力を補う道具の発明だと言っていい。
蒸気機関が汽車になり、糸をつむぐ機械になり、内燃機関がトラクターや自動車を生み、電気で電灯や洗濯機が作られていった。それらはすべて人の体力を補う産業革命だった。
ところがこれからの産業革命は知力を補う革命だ。ネット、パソコンなどは記憶力、計算能力などを補ってくれる。だからこれからの産業革命は会計士、事務職の仕事を奪うと言われている。」
「読み書き、算盤が出来なくてもいいような社会がくるのでしょうか?昔は体力のある仕事、例えば開墾は男の仕事でした。でもトラクターで開墾するなら女性でもできます。つまりアダムとイヴが神から与えられた永遠に畑を耕すという罰から逃げることができるようになったわけです。今度の産業革命では知性があまり重要でないような革命がおこるのでしょうか?」
「そこなのだよ。どんな世界が広がってくるかを知りたいと思って、とりあえず産業革命の歴史を調べてみた。力を補う産業革命がどう広がり、どう社会に受け入れられていったかを知ることによって知的革命といえる今回の産業革命、特にフィンテックの行く末を想像する助けにしたいと思ったのだ。そこでトラクターの歴史を取り上げてみたい。」
1800年代の産業革命
「トラクターが作られ始めたのは1890年代からだ。だが、実用に使えるようなものではなかった。とても重かったので地面を固めてしまい、また大きくて不便だった。転倒しやすく、すぐに故障した。それが牛や馬より優れた機械であるようになるためには何十年もかかった。それでも人々のトラクターに対する夢は初期のころから膨らんでいった。ちょうど知的革命に対して我々の夢が膨らんでいるようなものだ。トラクターは羨望であり、また農民の憎しみもかきたてたようだ。(トラクターの世界史、藤原辰史、中公新書)
トラクター![]() (出典:Wikipedia) | 家畜:牛や馬![]() |
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欠点
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欠点
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長所
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長所
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トラクターが全盛期をむかえるにはトラクターが発明されてから60-70年も先だ。トラクターと家畜の生産性が議論されていたのはトラクターができてから30年ほど経った1920年頃のようだ。それ以降もトラクターと家畜が併用されていた時期も長い。
こういった歴史から考えてそんなにすぐにトラクターが実用になったわけではないということが分かる。それではフィンテックの黎明期はいつだったのか調べてみよう。」
クレジットカードからフィンテックが始まった
「1960年頃に初めてダイナースがクレジットカードを発行した。そのカードには磁気の情報が入っていなかったが、1960年代には磁気情報が組み込まれたカードが発行されるようになった。1970年頃からは日本にATMが設置されるようになり、銀行窓口の女性行員、いわゆるテラーが不必要になってきた。
クレジットカードが発行されて60 年以上が経っているが、クレジットカードのアメリカの利用率は20%ほどでしかない。世界的に見ても20-30%のところが多い。
デビットカードやプリペイドカードの普及率も見てみよう。
アメリカのデビッドカードの利用率は18.1% クレジットと合わせて40%ほどだ。日本はクレジット15.7% デビット0.2% プリペイドが1.4%、合計で17%だ。(2014年データ)」
「プラスティックマネー(クレジットカードやデビッドカードなど)が使われだして60年以上になるのに少ないですね。」
「そうだろ。デビットカードとクレジットを合わせての利用率はスウェーデンのような高い国でも50%くらいまでだ。韓国は特殊でクレジットカードの利用率が70%もあるが、例外と考えていい。」
「フィンテック、フィンテックと騒ぐわりには、その前段階であるプラスティックマネーの普及率はとても低いじゃないですか?何故なのですか?」
「トラクターが活躍し始めたとき、ソ連はたくさんのトラクターを購入したが、その四分の三が故障で動かなかったという。期待と現実とは違う。トラクターは高かったし、故障しやすかったので期待ほどには活躍できなかった。それと同じで、プラスティックマネーにも欠点があるわけだ。
アメリカにおけるプラスティックマネーの利用率
プラスティックマネーの問題は犯罪に使われたり、個人情報が漏れたりする可能性が高いから積極的に導入したい個人は少ない。クレジットカードはリポ払いができて借金まみれになる人もいるからね。中国では顔認証でお金を出し入れできるというが、それが政府に漏れて監視カメラで追跡される可能性だってある。
フィンテック、フィンテックと騒ぐがプラスティックマネーでも60年以上の歴史がある割には広がっていないことが分かるだろ。
トラクターでもソビエトは積極的に導入しようとしたが失敗に終わった。プラスティックマネーは日本では導入が遅れているが、トラクターの導入でも国によって温度差が違い、ドイツではずいぶんと遅れたようだ。理由ははっきりしないが、馬への愛着が強かったと言われている。」
「なるほど。過去の産業革命と比較するとよく分かりますね。そんなにすぐにはマネーレスの時代が来るわけではないですね。現金の強さを感じることもありますしね。
ところで知力を補う道具としての第4次産業革命に話を広げてみた場合、どんな世界が待っていると考えているのですか?いわゆる知識人は必要なくなるのですか?」
「インターネットは記憶力や計算能力など様々な知的能力を補ってくれる素晴らしい道具だ。スマホの中には辞書も手帳も時計も地図も磁石も入っている。無論、電話やメールもできる。だから以前ほど記憶力や計算能力の高い人が貴重な人として扱われることはなくなるだろう。だがそういう変化も何十年もかかって人々の中に認識されていくのだろう。どんな便利なものでも認識されるのには時間がかかる。変化はゆっくりと起こり始め、そして急な流れになる。」
「なるほど。通帳のインクの染みを見て、金をもっているのだという概念ができるまでに時間がかかるのと同じですね。」
「これから求められる知識人としての能力は論理的思考ができることだろう。そして信頼できる人物であること、さらに情緒的な面も持ち合わせていなければならない。君は、トラクターは女でも耕作ができるといったが、そうではない。ソビエトでは共産主義の宣伝のために女性のトラクター運転手を前面に出したキャンペーンを打ち出していたが、今は法律で女性が運転するのを禁じている。」
「何故なのですか?」
「女性にとって過酷すぎる労働だからだ。確かに家畜の耕作より何十倍も効率がいいが、十分な稼ぎを出すためには長時間の労働が必要になる。
知的革命の世界を生き抜くためには体力も必要だし、論理的思考も必要だ。将来のニーズを考えながら自分の価値を高めていく必要がある。時間は十分にあるのだから。」
- 第32話「第4次産業革命の行方」
- 2018年03月10日
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