第30話「それでも家を建てますか?」
「知り合いの医者が高級住宅地に家を建てた。ただし駅から30分も歩かなければいけない所だ。近くにバス停はあるが1時間に1本しかない。」と老人が話しだした。
「邸宅街ですね。田園調布とか成城学園前、関西なら芦屋ですか。住んでみたいですね。」
「邸宅街は不便だ。コンビニもないし買い物にも不便だ。車に乗れば高級スーパーがあったりもするが、車というのが面倒だ。都心に車で行くと止める所を探さねばならないし、子供の送り迎えに奥さんがタクシーの運転手のごとく働きまわることになる。」
「でもステータスですよ。」
「たしかにそうかもしれないが、人々が高齢化してくると車の運転が面倒になり、事故も怖いから街中に住むようになってきている。田園調布の人気が落ち、芦屋でも山芦屋といわれる邸宅街から老人が駅の周りに住むようになってきた。(香杏舎ノート第129回「老人は駅を目指す」参照)
その医者は親に5000万の土地を買ってもらって4000万の家を建てた。4000万は全額ローンで月20万の支払いを20年続けるという。総支払金額は4800万だ。」
「お金持ちがどこに家を建てようといいじゃないですか?」
「金持ちなら何にも思わないさ。問題はそいつの家はそれほど金持ちじゃないことだ。土地を買って家を新築するなどということは大金持ちのすることで、少々金があっても普通の人がしてはいけないことだ。」
「何故ですか?」
「財産を無くしてしまうからだ。」
「邸宅は資産として残るじゃないですか?」
何故家を建ててはいけないのか?
「では君にも分かるように説明してやろう。」
「20年ローンを払うと支払金額は4800万になる。土地代5000万を合わせると合計 9800万の出費になる。さて20年後、めでたくローンを終えた時、この家にどのくらいの価値があるかだ?」
「9000万ぐらいですか?」
「馬鹿者!そんな価値があるわけないだろう。上物の家は26年で価値が無くなると言われいる。つまり売るとなった時、家に価値はない。」
日本の家屋は個性的すぎる
「どうしてですか?26年ならまだまだ綺麗ですよ。」
「日本の注文住宅というのはとても特殊なのだ。狭い土地に家を建てることもあり、また施主の好みを反映した家が建てられることが多くて、いい意味でも悪い意味でも個性的すぎる。
アメリカ人が家を建てる時、幾つかの図面の中から家を建てるという。土地が広いし、普通の人は決まったパターンの中から自分の好みの図面を選んで建てる。多少はモディファイするだろうが、ほとんど決まったパターンだから万人受けする。
日本でもマンションの間取りに特殊なものはないだろ。住みやすい形状というのは決まっている。本当はそういう家を建てれば住みやすく、売りやすい。日本は土地が狭いこともあり、施主の工夫が盛り込まれ、しかも戸建ての80%はローカルな建築業者が建てているからあまりおしゃれともいえない。」
「なるほど。でも土地は古くはなりません。高級住宅地なら価値は下がらないのではないですか?」
「邸宅地の土地の値段は急激に下がってきている。それはいまさっき言った理由からだ。
多分2500万から2000万ぐらいになるのではないか?人口が急激に減ることもその理由の一つだ。まあ親に田舎の家を残されて困っている人も多い時代だから、それでもましといえるだろう。ただし、そいつは家を建てたばかりに1億の財産が2000万まで目減りしてしまったことになる。」
財産を減らさない方法
「でも住んでいく家は必要だし、お金が目減りするのはしかたのない事です。」
「甘いな。お金をあまり減らさない方法を俺が教えてやろう。」
「そんな方法があるのですか?」
「あるとも。俺だったら駅前に中古の5000万のマンションを買う。そうだな築10年位のがいい。そしてそれを自分の息子に月20万で貸す。」
「息子さんに貸すのですか?がめつい親父ですね。」
「最後まで話を聞きなさい。20年間に費やす費用は家を建てた時と同じ9800万だ。5000万のマンションンと4800万の親への支払いだ。その資産がどのくらい減ったかを検証しよう。
20年後のマンションの値段だが3000万くらいはある。つまり20年間の家族としての損失は2000万円、つまり家族合わせた損失は2000万ぐらいだ。
家を建てた時は、 「1億 → 2000万」になったが、
マンションを買った時は、「1億 → 8000万」にしか減っていない。
つまり家族としての財産の目減りは2000万で済むということだ。親に支払った金は相続で返してもらえばいい。親は介護費用として使うかもしれないが、それはそれでいい。」
「なるほど。ファミリーから金が出ていくのではなくて、ファミリーの中で金が動いたということですね。賃貸に出す親もリフォームの費用もなく、契約書類、正確な金銭記録をちゃんとしていれば、税務署に問題視されることもないわけですね。」
「そうだ。贈与と誤解されないように、決して不正なことをしてはいけない。それが肝要だ。」
「でも中古マンションの価値はそれほど残るのでしょうか?」
「ネットに載っているデータを利用して東京都、大阪、愛知のマンションの値段の下落率の表を作成してみた。すると築17年くらいからほとんど値下がりしない。
表を見ると建築後17年目から値下がり率がなだらかになっているのが分かる。
1年目から40年目までの価格の下落率、1年目から17年目のまでの下落率、17年目の値段から40年目までの下落率を計算してみた。(17年目の価格を100とした時の下落率だ。)
築17年の大阪のマンションを買い、20年住んだら年平均の下落率は0.97%、つまり1%なので単純計算で20%値段が落ちることになる。
5000万 × 0.8=4000万 上手くいけば1000万しか下がらない。」
貧乏になるかどうかは些細なことで決まる
「なるほど。確かに郊外に住めば車が2台必要です。1台の費用が購入費やガソリン代、保険、車検などをすべて入れて1台4万とすると20年で1000万近い金額がかかります。車を持たない生活ができればさらに2000万浮くことになります。確かに駅の近くというのはいいですね。」
「だんだん分かってきたな。俺は邸宅に住んだ経験がある。人に頼まれて芦屋駅近くの12億円する邸宅だった。」
「大邸宅ですね。よかったでしょ。」
「地下に車が3台止められるスペースがあり、庭は100坪ほどで芝生が植えられていた。そこでよくアプローチの練習をした。そういうと楽しそうに聞こえるが、芝刈りは重労働だし、朝、雨戸を開けるだけで大変だった。リビングにいると台所の妻に声をかけようとしてもまったく聞こえない。邸宅とはこんなものかと思った。早く自宅マンションに帰りたかった。」
「住んでみると意外な不便さがあるのですね。」
「そうだ。家に大金をかけるのは面白くない。それにしても知り合いの医者の話ではないが、多くの人はほんの些細なことから貧しくなる。
知人は母親の実家を相続した。古い家が建っていたが壊して駐車場にして貸した。当時2億ならすぐに売れると言われていた。しかしバブルがはじけて段々と値段が下がりだした。俺はすぐに売ることを勧めたが、母親の実家の跡地だけにためらった。そうするうちに近くにあった大学が遠方に引っ越し、百貨店がつぶれた。さらに市が大きな地下駐車場を近くに作った。そうすると駐車場としての機能を失って土地は2000万円でしか売れなかった。」
「恐ろしい話ですね。十分の一ですね。」
「そうだろ。俺にも失敗談がある。」
「どんな失敗談ですか?ぜひ聞かせて下さい。」
「俺はあるゴルフ場の会員権を買うことにした。メンバーは800人ほどのカントリークラブだった。そこに入るためには他に2つのゴルフ会員権が必要とされていた。そこのカントリークラブが混雑しないためだ。」
「800人と言えばとても少ない人数ですよね。それなのに他の会員権が2つも必要なのですか?」
「そうだ。しかもあまり遠方では駄目だと言う。また若い奴が入るとカントリークラブが混むから40歳以上という条件がついていた。俺はすでに1つのクラブのメンバーだったが、仕方なくもう一つ会員権を買い足して、入会資格を満たした。買い足した会員権は400万だった。 何年かしてその員権を売ろうかなと思ったことがあった。しかしクラブで何か言われないかと思い、とどまった。そのうちに400万で買った会員権は暴落してしまった。」
「一旦会員になれば他の2つの会員権を持っていなければならないという規則はあったのですか?」
「多分なかったと思う。カントリークラブに馴染んでいたし、なんの問題もなかったはずだ。ただ躊躇したおかげで会員権は売れなくなってしまった。」
「結局400万の損をしたわけですね。」
「いや。当時はゴルフの会員権は他の所得と損益通算できたので、友人に無理をいって10万ほどで買ってもらった。損が390万出たので、それと他の所得と相殺することで損を最小限に抑えた。」
「なるほど。できる限り損失を抑えたわけですね。」
「そうだ。だがほんとうに些細な思い込みから財産を失うということを、身をもって体験した。もし失敗したと思ったら躊躇せずに見切り千両という言葉を思い出して損切りすることだ。」
そういって老人は深く頷いたのだった。
- 第30話「それでも家を建てますか?」
- 2017年09月10日
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