第31話「現代のゴールドラッシュ」
技術革新が巨匠を生む
私がホテルの部屋から外を眺めていると、何処からともなくいつもの老人が現れ話しかけてきた。
「マイクロソフトのビルゲイツとアップルのスティーブ・ジョブズは同い年の1955年生まれだと知っているか?」
「知りませんけど、単なる偶然ですよね。」
「それがそうでもないんだ。この時代に生まれた人の多くがインターネットの巨匠になったからね。」
「何故なのですか?」
「インターネット技術は軍の機密だったが、1970年代にゆっくりとだが民間に開放されてきた。
ビルゲイツは裕福な家に生まれ、プライベートスクールに通っていた。金持ちの父兄会は子供達のためにレンタル料がとても高かったインターネットを学校に引き、そのネットにどっぷり浸かったのがビルゲイツだった。
新しい技術が世の中に現れると、その技術を早く取り入れて巨匠になる人物が現れる。内燃機関が出来た時、トヨタやフォードが現れたのと同じだ。技術革新が世の中に広まっていく時に様々な人物が起業して成功して名を上げていく。インターネットの広がる黎明期に生まれ合わせた人がネットの巨匠になれた。」
「蒸気機関が発明されると汽車や紡績機が作られ、それで成功する人が出てきたのと同じですね。」
「そうそう。技術が世の中に投げ込まれると、技術を応用した起業が行われていく。今から20年ほど前、ウインドウズ95が発売され、海外に文章を送るのがタダになった時の衝撃は大きかった。
今から15年くらい前だろうか?インターネットの社会に対する影響に興味のあった俺は、いろいろと調べていた。そのとき、イギリスのThe Economist を読んでいると、ネットで物を買う場合、B to Bは成功するだろうが、B to C は成功しないだろうと書いてあった。
つまり会社間の取引はうまくいくだろうが、会社と消費者の取引はうまく行かないということだ。この話をアマゾンのベゾスが聞いたら腰を抜かすほど驚くだろう。」
ネットの技術革新は予想しにくい
「インターネットの技術革新は予想しにくいようですね。」
「いいことを言うね。様々な発明、例えばIPS細胞の作成などと違い、インターネットは情報の革新技術だからどの方面に波紋が広がるのか、まったく予想がつかない。
俺がビルゲイツとジョブズが同世代と知ったのは、2009年に発売されたマルコム・グラッドウエルのOutliersという本でだが、そのとき俺はもうネットでの巨匠は出ないだろうと思った。ところが、2008年頃にマーク・ザッカーバーグがフェイスブックを作り、10年も経たないうちに 6兆もの資産を築いた。
情報技術は何処で大きく花が咲くかわからないし、ザッカーバーグもここまで大きくなるとは予想していなかったはずだ。
ネットの技術革新の本質をまとめると次のようになる。
- どんなプラットフォームを作り、それが広く利用されるかはやってみないと分からない。
- 一つのプラットフォーム、例えばフェイスブックが世界を席巻すると同じようなプラットフォームは駆逐されてしまう。
- 元手はあまりかからず大金持ちになる可能性がある。ということになるだろう。」
現代のゴールドラッシュと山師たち
「お金があまりかからず起業できるところがいいですね。大きな借金をして工場を作り、製品を売り歩くといった苦労がないし、若くても大金持ちにもなれる。楽天の三木谷、DeNAの南場など多くの人が成功しています。」
「日本のお金持ち研究という本の中でも、これからの金持ちはネット長者という内容が書かれている。
金持ちになるのに時間がかからないし巨万の富を得ることができる。ゲームソフトを作ったり、会計ソフトを売ったりするだけで、とてつもない金が入ることがある。それは山師が金脈を当てるようなものだ。ユーチューバーになるだけでも大変な金が入ることもあるからね。」
「なるほど一攫千金を夢見ることができるわけですね。」
「今の世界では間違いなくゴールドラッシュが起こっている。自分が知的であると信じている人は多かれ少なかれそういう野望を持っていると考えていいだろう。
だが無論、失敗する人も多い。ニーズを予想することは難しく、サービスが新しすぎると使う人がついていけないということも起こりうる。それが技術革新というものだ。」
「私もネットで起業したいですね。」
「そうだろ。でもネットは気まぐれで急に風向きが変わることもある。音楽配信や苦労して作ったソフトも急に使われなくなることもある。金脈が急に途切れてしまうのだ。」
医者や弁護士まで
「最近は医者や弁護士まで金脈を探すようになった。」
「そうですか?医者や弁護士は収入がいいので、それだけで十分じゃないですか?」
「自分の知性を試したいのだろう。」
「考えてみると弁護士や医者になってもマンツーマンの仕事で、大きな病院や弁護士事務所を作ることも巨万の富を作ることも難しいですものね。」
「元榮弁護士は弁護士に相談できる弁護士ドットコムを作り、参議院議員に転身した。」
「なかなかやりますね。」
「最近、医者の間でも遠隔診療のプラットフォームを作ろうと起業する人が増えている。テレビ電話を用いて診察を行うことで病院に行かなくてもすむというプラットフォームだ。
本来、医者は必ず患者を直に診察しなければいけないと法律で決められていたが、1年ほど前それが緩和されたので、プラットフォームを作ることができるようになった。」
「何か大化けしそうですね。」
「俺は金脈とは思っていない。」
「何故ですか?」
「まず診療報酬は法律で決められていて、値段を自分たちで勝手に決められないことだ。
特別なサービスだからといって自費にすると混合診療になってしまう。医院の商圏は精々2-3キロで、わざわざ遠隔診療をする必要もない。おまけに医者に行くと血圧をはかったり、採血をしたりする必要があり、単に顔を見て薬をだすだけの遠隔診療ではすまないことだ。」
「なるほど。情報だけではいかない部分が多いわけですね。」
山師から錬金術師へ
「金という鉱物は何千年にも渡って人類を魅了し続けてきた。山師たちがゴールドラッシュで掘り当てた金は時代が経っても変わらぬ価値を維持しつづけたが、現在の山師たちが掘り当てたプラットフォームは彼らに富をもたらしたかもしれないが、その多くは時代とともに古臭いものになっていくのだろう。
最近、現在の山師たちは金脈を探すことだけでは飽き足らず、ネット上に仮想通貨を作るらしい。この発想を見ると山師には飽き足らず錬金術師を目指しているように思える。面白い時代になったものだ。」そう言って老人は笑った。
- 第31話「現代のゴールドラッシュ」
- 2017年12月10日
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