第300回「東京はお金があれば天国だが、無ければ地獄だ」
父は東京で医学を学んだ
私が東京で開業することを父に告げると【東京はお金があれば天国だが、無ければ地獄だ】と言った。父は戦前、東京の医学部を卒業した。その後、すぐに陸軍中尉として出兵した。復員すると自分の生まれた神戸に帰った。
私の祖父も東京で法律を学んだ
祖父は岡山県の出身で、貧しい自作農に生まれた。尋常小学校を出ると、木こりのアルバイトをして金を貯め、東京に出て日本法律学校(日大法学部前身)に入学した。尋常小学校の卒業では法律を学べる学校は東京にしか無かった。しかし、学費が足らずに退学した。当時、森鴎外が馬車で通るのを見かけたという。
その後、弁護士事務所の書生をしながら法律を勉強した。朝の4時から法律書を読み、2度目の挑戦で弁護士になった。その後、弁護士として東京で仕事をしたが、親の面倒を見る為に郷里に近く、訴訟事件のある神戸で開業した。弁護士としては成功して兵庫県の弁護士会長を務めた。
私の東京での経験
私は東京に来て12年になる。2週間に一度、神戸と東京を行き来してきた。新幹線には年間50回乗るので、もう600回くらい乗っていることになる。引退していてもおかしくない年齢の私がこれだけ行き来できているのには訳がある。新幹線の駅と職場や住居が近いのだ。
今の東京のクリニックから東京駅までは10分かからない。自宅から品川駅も30分ほどだ。関西の自宅から新大阪まで30分、神戸の以前診療していたビルからは新神戸駅まで地下鉄で5分だ。
純粋な江戸っ子はいない
江戸っ子とか神戸っ子などと呼ばれる人は、3代続いている住人だ。地方に住んでいる人は3代以上続いている人がほとんどだ。
東京で3代続いている江戸っ子は白金に住んでいるお嬢さん1人しか私は知らない。東京に住んでいる大半の人は戦後の集団就職で東京に来た人たちとその子供たちだ。また大学が多いから若い人たちも、そして就職を求めて来る人たちも多い。
東京は大学が多く、仕事も多いから全国から人がなだれ込んでいる。この人達は無論、江戸っ子でもなく、東京に住む以外に選択肢がない人たちだ。
仕事場と住居を一緒に探した
私の場合はかなり特殊だ。神戸の診療所は八宮神社の南側にあり、日中でもほとんど人通りがない。近所からクリニックに通う人は少なく、患者さんの半分は市外と県外だった。東京からの患者さんも20人いた。神戸には親の残した家があり、東京ではかなり無理をして住まいを買ったおかげで東京に住むのが楽になった。
私は経済的には東京に来る必然性はなかった。多くの患者さんがいたからだ。だから東京に来るにあたって仕事場と住居に最適な場所を同時に探すことにした。東京らしい場所、つまり渋谷、港区、中央、千代田区を中心に探した。銀座の家賃は高かったが、自費診療なので神戸の患者さんに薬を郵送する事で仕事場の賃貸料をゼロにすることができた。
銀座に地方から来てクリニックを開いて夜逃げする医院が多い。クリニックの賃貸料と自分の住む賃貸料を両方払うから経済的にもたないのだ。
そのうちに父の言っていた「東京はお金があれば天国だが、無ければ地獄だ」という意味が分かった。東京は住居費が高い。年収が1千万を超える人は5%しかいないから23区に住むことさえ難しい。物価も高く、子供に学費もかかるからゆとりを持って暮らせない。結局、共稼ぎをして収入を補うしかない。
元々東京に住んでいて不動産を持っている人しか楽しく暮らせないのだ。ユーチューバーや起業する若者も多いが、少しでも経済が狂うと途端に貧しくなってしまう。
関西の西宮、芦屋といったところに住む人は金持ちが多く、専業主婦で子供を育てている人が多い。共稼ぎはまずいない。芦屋の平均所得は全国で7位、西宮18位、練馬区31位などより上なのだ。そんなことを父親は言いたかったに違いない。
- 第300回「東京はお金があれば天国だが、無ければ地獄だ」
- 2024年05月20日
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