第14回「漢方薬の副作用」
漢方は副作用がなく安全な薬だなどと聞くと、「漢方薬様になんと失礼な話だ」と思う。副作用とは治療には必要のない薬理効果のことだ。たとえば風邪薬を飲むと眠たくなる。風邪薬には抗ヒスタミン剤が含まれていて鼻水を止める役目をしている、と同時に眠気をもよおすという作用も持っている。両方とも薬がもっている薬理作用なのだが、眠気のほうは望ましくない薬の効果なので副作用と呼ばれる。
眠気をまったくおこさず鼻水だけとめてくれれば、もちろんそれにこしたことはない。だが、そんな薬はない。副作用のまったく無い薬は、本来あるべき薬理作用もないと想像できる。だから漢方薬にまったく副作用がないとしたら、本来あるべきはずの薬理効果もないはずだ。多少副作用があるくらいでないと薬は効かないと言えるかもしれない。
もちろん漢方薬は西洋薬に比べて副作用が少なく安全な薬であることは間違いない。漢方薬を調べるといくつもの違った働きをもつ成分が少しずつ含まれていて、それらが総合して効果を出すので、単一の物質で作られている西洋薬より作用がおだやかで副作用も少ないのだ。
麻黄(まおう)は怖いぞ
トリカブトは殺人に使われてから危険な漢方薬として有名になった。痛み止めや体を温める薬として使用されるのだが、アコニチンという毒物が含まれているので飲み過ぎると死んでしまう。トリカブトは加熱したりアルカリ処理すると毒性が低下するので、こういう処理をして使用される。加工された物は附子(ぶし)とよばれ毒性が低下しているから少々多めに使用しても危険は少ない。臨床の現場では、トリカブトよりむしろ麻黄という漢方が危険なことが多い。
麻黄は咳止め、発汗作用のある漢方薬で葛根湯、麻黄湯(まおうとう)、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)といった風邪薬に広く含まれている。漢方薬は風邪薬として使われることが多いから、麻黄の使用量も多い。麻黄は覚醒成分のエフェドリンを含んでいる。これは咳を止める作用があるが血圧を上げたり脈拍を早くしたりする興奮作用もある。これがとんでもなく怖いことをおこすことがある。
外国の話をしよう。アメリカでは麻黄の錠剤が作られていた。ハーバルエクスタシーという名前で呼ばれていた。ロックコンサート会場などでハイになる薬として売られ、若者がそれを飲んで興奮していた。麻黄の本来のせき止めの作用ではなく、副作用の覚醒剤としての効果をもとめて飲まれていた。麻黄はイギリスなどでも麻薬の代わりに使われ流行したが、度を越して薬を飲んだ若者が何人も死亡した。それでこの錠剤は発売禁止になった。
臨床で麻黄を使っていて感じるのは、少しの量でも脈が早くなったり、覚醒作用から眠れなくなってしまう感受性の高い人がいることだ。だから血圧が高かったり、心臓の悪い高齢者に使う場合は十分注意しなければならない。もっとも一般のエキス漢方に含まれる量は多くはないから度を越して飲まないかぎり危険ではない。
小柴胡湯(しょうさいことう)によるアレルギー
小柴胡湯の副作用で肝障害をおこして死亡した症例が新聞で大々的に取り上げられてから漢方が危険だという認識を持つ人が出てきた。たしかに小柴胡湯で肝炎や間質性肺炎などの病気がおこることが知られている。だがこの場合の副作用は麻黄の副作用とは少し異なる。麻黄の場合は本来薬が持っている薬理作用で死亡者が出たのに対し、小柴胡湯の場合はアレルギー反応だ。
敏感な体質の人が予防注射を受けたらショックおこすように小柴胡湯でもアレルギー反応がおこる。アレルギー反応の原因は分かっていない。だから予防が難しい。小柴胡湯そのものは少々多めに飲んでもまったく大丈夫なほど安全な薬だ。アレルギーのおこりかたも西洋薬ほど激しくはないので、命にかかわるほどの反応がおこることはほとんどない。
副作用についてまとめよう。漢方薬にも副作用がある。アレルギー反応がおこることもある。だが薬の効き目が温和な分だけ毒性による副作用も激しくなく、薬剤アレルギーも急激なショックをおこすこともない。漢方を十分に知りつくした専門の漢方医や薬剤師が使う限り生命をおびやかすような危険はきわめて少ないといえる。
- 第14回「漢方薬の副作用」
- 1997年01月22日
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