第4話 漢方メーカーは食品会社のような存在
煎じた漢方薬を粉にする
保険のエキス漢方薬を作るのに高度な技術はいらない。インスタントコーヒーを作るのと同じ方法だ。
インスタントコーヒーを作るのには2つの方法がある。一つ目がスプレードライという方法だ。煎じた液を熱いタンクの中に霧状に噴霧する。噴霧されたエキスは瞬時に粉になる。
もう一つの方法はフリーズドライ(凍結乾燥)という方法だ。インスタントの味噌汁がこの方法で作られている。煎じたエキスを冷凍しながら陰圧をかけて水分を飛ばしていく。
スプレードライよりフリーズドライの方が、熱がかからず、コーヒーの風味が残りやすい。漢方エキスでも熱がかからずよいとされているが、電気のコストが高くつくため漢方エキスはすべてスプレードライで作られている。
漢方メーカーの技術力は製薬会社というより食品メーカーに近い
基本的に漢方メーカーの技術力は漢方薬を釜で煎じてその液を粉にするということだけだ。
だから資本金が少ない零細企業でも製造許可さえ持っていれば作ることができる。大手漢方メーカーにも化学物質を生合成する能力や遺伝子組み換え技術があるわけではない。
漢方メーカーと聞くと製薬会社のようなイメージを持つが、その技術力は食品工場のようなものだと思えばいい。
西洋の新薬を作っている会社から漢方メーカーをみれば不思議な印象を持つはずだ。西洋薬メーカーは新しい化学物質を作り、副作用試験、効能効果試験などを経て新しい薬を販売する。10年以上の歳月と何百億というお金がかかる。
漢方薬は効能効果も副作用試験も免除されて保険に収載されたから開発費はゼロだ。
本来ならその資金でまた新しい漢方薬を開発して保険に収載していくべきだ。だが漢方メーカーは新しい薬を作ることができない。漢方は純粋な物質ではないので、効能効果などの厳密な試験を求められるとそう簡単には結果を出せない。また医療費が高騰する中で、厚生労働省もこれ以上漢方を保険に収載させてはくれない。
結局、メーカーは40年前に出来た既存の処方をどう切り口を変えて売っていくかに工夫を凝らしながら医者への接待費、宣伝費に儲けをつぎ込んできた。
漢方メーカーの知識力
製薬メーカーは化学合成された物質を実験動物に投与して効能を確かめて特許を取り、また特許を取らなくてもそういった実験を通して多くの知識を収集していく。
ところが漢方メーカーはそういった実験ができない。動物で例えば気虚のモデル動物を作ったりすることができないからだ。漢方メーカーに漢方の古典の知識はあっても実際に臨床に役立つ知識はないといっていい。
漢方の場合、本当に必要な知識は実際に患者さんと向き合って薬を自由に作れる漢方医の手元にしかないはずだ。
漢方メーカーの生き残り戦術
余談だが私は20年ほど前、漢方メーカーに健康食品を作ることを勧めた。新しい薬が作れず、将来、行き詰ることが明白だったからだ。その頃はDHCもファンケルも知られていなかった。
現在、サントリーのセサミンは単独で600億円も売り上げる商品だから、20年前から研究すればよかったと思う。別会社を作ってでも、という私のアドバイスは受け入れられなかった。当時は小さなメーカーでも儲かっていたからだ。
ネスカフェのソリュブルコーヒー
漢方エキスはコーヒーと同じ製法で作られているという話をしたが、コーヒーを煎じた液に粉砕にしたコーヒー豆を混ぜて粉にすると風味がよくなる。これをネスカフェはソリュブルコーヒーとして売り出した。インスタントコーヒーという名前ではないので、日本のインスタントコーヒーメーカー団体とトラブルになりネスカフェはインスタントコーヒー団体を脱退した。
ネスカフェと同じ製法で作られた漢方薬もある。
煎じた漢方薬に粉砕にした生薬末を混ぜてエキスを作る方法だ。和歌山にある剤盛堂薬品の薬の一部はこういった手法で作られていた。特にエンビという薬は蓄膿の薬としてよく効いたが、保険では使えなくなってしまった。知名度がなく採算が取れないので保険漢方から撤退したのだ。
もし西洋薬メーカーが保険漢方に参入を試みて行政訴訟を起こしたらどうなるのだろう?
「西洋医学の薬は特許を取り、副作用試験や効能効果試験を経て保険に収載されても特許の有効期限はわずか20年しかありません。その後は後発品が作られてきます。漢方薬は明瞭な基準もなく保険に収載されてから40年の長きにわたってその独占的地位を維持しています。これは著しく社会正義に反します。」
こう訴えられたら漢方メーカーはその独占的地位を維持できるとは私には思えない。私は漢方業界に身を置く人間だから漢方が保険で長く使われるようにと願っているが、漢方メーカーの人たちは自分たちの置かれている立場がどれほど弱いのか全く意識していないことにいらだちさえ感じてしまう。
漢方メーカーが生き残っていくためには新しい薬を作り、ハーブの需要が高まっている海外に向けて製品を輸出していくべきだ。日本の漢方薬品はきちんとした基準で作られているので、輸出できるものだと思う。ただし今の処方では現代の病気に使えるものは少ないので、新しい処方を作りやすくする法律改正を漢方業界団体として政府に働きかけをしていけば、日本の漢方エキスは優良な輸出品にできる可能性がある。
- 第4話 漢方メーカーは食品会社のような存在
- 2015年04月15日
「保険漢方の終焉」目次
- 第1話 保険漢方がもたらした最大の不幸(2015.01.15)
- 第2話 10年後に保険漢方メーカーは無くなる?(2015.02.15)
- 第3話 10年後、漢方医はいなくなる(2015.03.13)
- 第4話 漢方メーカーは食品会社のような存在(2015.04.15)
- 第5話 漢方医学のブランド化(2015.05.15)
- 第6話 国民皆保険が漢方治療を絶滅させた?(2015.06.15)
- 第7話 保険漢方薬との悪戦苦闘の日々(2015.07.15)
- 第8話 保険漢方医の不思議な自信(2015.08.17)
- 第9話 メーカー主催の講習会が漢方の伝承を困難にした(2015.09.15)
- 最終話 ようこそ新しい漢方の世界へ(2015.10.15)
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- 第64話「未知の不安」
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