第2話「マスコミの情報操作」
私は子供のときから伊勢海老を思いっきり食べたいと夢みてきた。だが高価な伊勢海老を食べる機会はほとんどなかった。法事か何かの親族の集まりで伊勢海老が出されても子供の私は食べることは出来ず、運よく食べられてもほんの一切れで満足しなければならなかった。大人になって一匹丸ごと食べることができるようになっても図体が大きいわりに食べられる部分が少ない伊勢海老に物足りない思いを抱き続けてきた。
初めて伊勢海老のクリームスープを口に運んだとき、伊勢海老の旨みが凝縮された液体となって、ゆっくりと全身を満たしていくのを感じた。長年抱いてきた満たされぬ思いが満足感に変わって体全体に広がっていく。なんと贅沢な味わいなのだろう。
一般に伊勢海老はボイルされ、マヨネーズを添えて出されることが多い。だがその味はあまりに単純で美味しいものを食べたという満足感を得ることが出来ない。
このボイルとマヨネーズという料理法を絵画に例えるならモチーフをそのまま絵に描いた写実的絵画といえるかもしれない。
だがこのスープは違う。野菜のブイヨンやコニャック、ホイップクリームなど様々な材料を用いて伊勢海老の美味しさを引き出している。それを絵に例えるなら風景の中の光や色彩を強調して描いた印象派の絵画のようだ。美味しさを強調しながらも不自然さを感じさせずに伊勢海老の旨みを堪能できるように工夫されている。この芸術的なスープを創作した高橋シェフは天才と呼ぶにふさわしい料理人である。私は年に1度か2度志摩観光ホテルに泊まり、このスープを飲むのを自分へのご褒美と考えてきた。
ある時、あまりに美味しいので2杯分下さいと注文したらスープが2つ出てきた。だが次の年からはダブル用の大きなスープ皿で出されるようになった。ホテルは私のためにダブル用、そして念のためトリプル用のスープ皿を作ったのだという。
他の料理も食べ飽きることがない。伊勢海老のアメリカンソース、鮑のステーキなど印象派的料理が多い。華麗なる一族を書いた小説家の山崎豊子さんも、そしてその小説の中の万俵家のモデルになった人物もこの料理を愛し、何十年と通い続けている。これだけ美味しい料理が何故、私が思うほどに有名でないのか?情報に偏りがあるのではないか?そう思った瞬間、例の老人が現れた。
「お前もずいぶん偉くなったものだ。子供のころはマーガリンに線を引いてパンに塗る1日量を決めてきたのに。そんなに贅沢していいのか?客の中でスープを2杯も飲むのはお前しかいないそうじゃないか。まあ、いい。お前が情報の偏りというから俺が出てきたのだ。今日は情報について面白い話をしてやろう」そう言うと老人は「俺も料理をいただこう。鮑のステーキ、溶かしバターのソースで」と料理を注文してから話し出した。
「もうずいぶんと前のことだが、俺が情報に興味を持ったのは日本の黒幕といわれる人物に会うことができたからだ。名前はAさんとでもしておこう。Aさんは赤坂見付にあるホテルニューオータニに俺を連れていって中華料理を食べながらいろんな裏話を聞かしてくれた。とくに興味深かったのはマスコミについての話だ。Aさんによると日本の報道は戦時中の大本営発表と全く変わっていないというのだ。」
「大本営発表ですか?第二次世界大戦中に陸軍と海軍が戦況について情報操作して負けているのに勝利したという嘘の発表を続けて国民を騙したことでしょ。イマドキそんなことが出来るはずがないじゃないですか?」
「日本には読売、朝日、サンケイ、毎日、日経という5つの大きな新聞社がある。それに共同通信という6社が毎週1回会議を開いてどの情報を国民に流すか流さないかを決めているというのだ。共同通信というのは情報の卸問屋みたいなところで、国際情報を取材できない地方紙、たとえば神戸新聞だとか北海道新聞だとかに情報を卸している。地方紙は地方のきめ細かい取材をするだけで国際情勢や国会情報は共同通信から購入している。つまり地方紙を含めたすべての新聞はこの日本記者クラブの統率下にある。
以前から日本記者クラブの会員でないと官庁のプレス発表に参加できないという排他的な活動が問題になっていることは俺も知っていたが、それだけではなく大手6社で情報操作までしていることに驚いた。
「情報操作といっても新聞だけじゃなくテレビもラジオもあるじゃないですか?それに月刊誌や週刊誌も多く発刊されているから情報を隠すことなど不可能ですよ。」
「本当にそう思うのか?テレビ朝日、読売テレビ、毎日テレビは名前どおり新聞社の持ち物だ。フジテレビはサンケイ、テレビ東京は日経新聞とすべてこの5社が持っている。ラジオ局もすべて新聞社の系列だ。だからこの6社で談合されたら我々の元へ情報は全く入ってこない。確かにフリーランスの記者が書いた内容の深い記事が週刊誌や月刊誌に載ることもある。だがこういった情報は嘘の多い情報にまぎれて、よほど内情に詳しい人間でないと区別して読むことができないのだ。」
「でもそんな話、にわかには信じられません。」
「俺も初めて話を聞いたときとても信じられないと思った。だから別のルートからこの情報を確認したのだ。」
「でも情報を操作して何かメリットがあるのですか?また情報操作しなければならないほど重要な情報があるのですか?」
「どの国にも政権与党にとってまずい情報があるんじゃないかな。特に自民党政権が半世紀も続いていれば都合の悪い情報が沢山出てくる。そういった情報をコントロールしていたのだ。この秘密会議はとても恐ろしい存在だ。もしこの会議に盾をつこうものなら大変な目にあう。その例が小沢一郎だ。」
「あの評判の悪い議員ですか?」
「小沢がマスコミに悪口を書かれる原因になったのは、箱乗りを拒否したためだ。」
「箱乗りって何ですか?」
「箱乗りとは政治家が国会から自宅まで帰る自動車の中にベテラン記者が乗り込んで政治家と話をすることを言う。毎日、日替わりで今日は読売の政治記者、明日は朝日の政治記者といった具合に車の中で政治家の情報を収集する。この箱乗りはベテラン政治記者の特権だった。ところが小沢はこれを嫌い、毎週記者会見を開いてオープンに質問を受けるという方式に変えた。
これは政治記者の特権を侵害するばかりでなく、もし小沢が政権を取るようなことになれば記者クラブの改革が行われ、談合して甘い汁を吸ってきた自分たちの力の源泉をそがれることになると連中は危機感をいだいた。このときから10年以上に渡る小沢たたきが開始された。 小沢は豪腕すぎる、政治手法が悪魔的だ、田中金権政治の申し子だ、こういった解説が5段抜きですべての大新聞に登場した。そして、それは今でも続いている。
冷静に考えてみて欲しい。政治家が豪腕で何処が悪い、何をもって政治手法が悪魔的と評するのか?金権政治の申し子というが、小沢がワイロをもらった証拠があるのか?こういった非難は『うちの姑は気がきつい』という程度の感情的論説だが、ほとんどの国民は、小沢は嫌な奴だと受け止めている。確かにそういう側面もあるのだろう。だが一政治家の性格を大新聞が評論して何の意味があるのだろうか。」
「小沢が嫌いだというマインドコントロールにかかっていると言いたいのですね。鬼畜米英というわけですか?」
「そういうことだ。こんなことから俺は情報について深く興味を持つようになった。まず日本で正確な情報を得るにはどうしたらいいのか。一番良かったのは翻訳されていない外国の雑誌を読むことだった。とくに記事が面白かったのはイギリスのThe Economistだ。特に編集長のビル・エモットは日本に造詣が深かったから面白い記事を読むことがでた。だが2006年に彼が編集長を辞めてから記事はめっきり面白くなくなった。さらにこの頃から海外の通信社の多くが日本記者クラブに嫌気がさしてアジアの情報拠点を日本からシンガポールに移してしまった。だから日本に関する質の高い記事はなくなってしまった。それでも外国のニュースを見たり、雑誌を読んだりすることで相当な情報が得られる。それは大本営発表の時代に外国の情報を知っていれば騙されなかったということと同じだ。
俺がつぎに興味を持ったのはどうして日本人の情報集収能力が低いかということだ。もともと日本人の情報音痴は国際的にも知られている。色々考えたのだが、どうも情報音痴の根底には平等意識と嫉妬があるのではないかと思う。
情報に対する日本人の反応をみれば、どうして情報音痴なのかが分かる。例えば俺が黒幕のAさんにあったと友人に話したとしよう。すると友人は『どんな話が聞けたのですか?』としつこく聞いてくる。教えないと友人は仲間はずれにされたと思って本気で怒って友人関係が壊れてしまう。それほど情報を共有することに平等意識を持つ。つまり情報を共有できない場合は怒って嫉妬する。これが第一の反応だ。俺が『じつは日本の情報は大本営発表の時代と変わっていない。』と教えたとしよう。すると『そうなんだ。おもしろいですね。』と大変喜んでくれるが情報を分析することもなく終わってしまう。つまり平等意識が満たされたことで安心する。
これが第二の反応だ。そして数ヶ月してその友人に会うと、今度は俺に向かって『おもしろいことに日本の情報は統制されているのです。』と俺の教えた情報を違った言葉で説明してくれる。
これが3つ目の現象だ。これをヤマビコ現象と俺は名づけているのだが、共有化された情報は出所が分からないくらいまで共有される。
日本の場合、情報は仲間を繋ぐ媒体みたいなもので、その意義が検討されることはあまりない。情報を分析するのではなく共有化することが目的なのであり、自分だけが知らないことは嫉妬の対象になる。
日本記者クラブの秘密会議は、ある新聞社一社だけが特ダネを独り占めにすることや、特オチ(一社だけが情報を落とすこと)を防ぐために、つまり大手マスコミが平等に情報を共有するために作られた。その後、談合して政府に圧力をかけると、とてもうまみがあることに気がついて秘密会議がつくられたのだろう。」
「あなたが海外のメディアの情報を収集しているのは真実を知りたいがための好奇心からですか?」
「残念ながら俺はそんな上等な人間じゃない。一般人が知らない情報を早く知ってそれに対応したいからだ。人より先に情報を知れば得をすることができる。
政府が隠したがる情報は国民にとってマイナスの情報に決まっている。そういう情報を早くつかんで対応したいのだ。2002年のエコノミストにこんな記事が出ていた。[日本の赤字国債は急速な勢いで積みあがっており、IMFの試算によると少なくとも2010年ころまでに消費税を上げ、緊縮財政にしないと日本は破綻する。]
この記事を読んで俺は多分2010年ころに政権交代が起こるだろうと予想した。だって借金ができなくなりゃ公共工事を減らしたり、補助金をカットしたりするだろ。そうなると政権はもたない。この予想は当たった。小泉が公共事業を減らし、各分野への補助金をカットしたからだ。
こういった予想を自分の生活の中に当てはめて、どういう行動をすればいいかを考えていく。もうすぐ消費税は15%くらいに引き上げられるだろう。だから消費税が引き上げられる前に高額な商品を買っておくとか、日本が破綻した場合、一番ましな財産は何かと考える。こういうことを繰り返していくと自分の人生を一変させる情報に必ず出会う。そういう経験をすると情報や情報源を非常に大事にするようになる。だから誰から聞いた話かよく分からないということなど、ありえないのだ。」
「なるほど。では情報通になるにはどうしたらいいのですか?」
「考える癖をつけることだ。たとえば小沢が叩かれる理由は何かと考えるのだ。もし小沢が破滅的な人格なら権力の中枢に留まっておれるはずもない。そこには何か別の要素があるはずだと情報を探していく。言葉を変えれば目的意識を持って情報を集めることだ。そういうことを長年続け、自分なりに考えをまとめていけば、自分にとても役立つ情報を得ることができる。
また情報を集める上で重要なことは、自分が口の固い人間であることを周囲に示すことだ。そうすると情報が入りやすくなる。」
「なるほど。でも難しそうですね。」
「俺は自分の娘に情報に敏感になってもらいたいと様々な試みをしてきた。」
「あなたのお嬢さんはいつも実験台みたいですね。ところでどんな方法を取ったのですか?」
「娘が小学校3年のときだ。成績は学年の真ん中くらいでまじめに勉強をしていたが伸び悩んでいた。そこで俺はある日『勉強がよくできるようになるノートの取り方を教えてやる。500円かかるがどうだ』と娘に声をかけた。」
「自分の娘から金を取って勉強を教えるのですか?子供の成績がいいのは親にとっても嬉しいことじゃないですか?」
「まあ話を聞け。そのときの娘の小遣いは月に千円だった。だから娘にとっては大変な金額だ。嫌がるだろうと声をかけたのだが、娘は『わかった。パパ』と返事をして紙と鉛筆それに500円玉を持って、俺の座っているテーブルの向かいにニコニコしながら座った。そこで俺はノートの取り方の話を始めた。
『ノートを上手にとると先生の言っていることがすごく分かりやすくなる。そのためには見出しをつけてノートを整理していけばいい。そして重要な点や分かり難かったところをうまくまとめていくと大変便利なノートが出来上がる。
試験のことも話しておこう。試験とは自分のできる問題とできない問題を分けていく作業だ。だから試験の点数を気にすることはない。大切なのは自分が出来なかった問題が何故出来なかったかを詳しく調べ、それを整理して分かりやすいノートを作ることだ。出来なかった問題を完璧に整理しておけば学校で習うことを100%理解したことになる。
入学試験はお前が過去に間違った問題から出題される。つまり誰もが間違いやすい問題だけから出題される。何故なら易しい問題を出すと皆が100点をとるから入学させる人を絞ることができないからだ。間違えた問題よく研究することで他人と差をつけることができる。
もう一度繰り返して説明するぞ。テストとは自分のできる問題と出来ない問題を区別する作業だ。一度出来た問題は忘れていい。出来なかった問題ばかりを集めて整理し、難問ばかりを集めたノートを作るのだ。そして間違った問題をいつでも簡単に復習出来るようにノートの整理をしなさい。』そういって詳しいノートの取り方を教えた。そして最後にもっとも大切な話をつけ加えた。
『お父さんはお前から500円もらった。もしこの勉強方法をお前が友達に教えたらお前は友達に500円をやったことになる。その友達が多くの友達に話したらお父さんが教えたノートの取り方はクラス中に広がり、お前と同じ方法で勉強するから友達との差はなくなってしまう。だから決して誰にも話してはいけない。そしてこんな勉強方法があるということも言ってはいけない』そう口止めした。」
「それで結果はどうだったのですか?」
「すぐに結果は出なかった。いくら情報を教えても使いこなせるようになるのに時間がかかる。1年ほどしてかなり成績がよくなってきた。この時期を見計らって俺は自分の開発した記憶術を教えることにした。」
「記憶術なんか効果があるのですか?」
老人は私の質問に答えず話を続けた。
「今度は教える金額を1万円にしてみた。すると娘は困った顔をして『分割にしてもいいですか?』という。俺は『親と子の間で分割にすると踏み倒される危険がある。だから1万円持ってきなさい。お年玉で貯めているのがあるだろう』そういって1万円を娘から巻き上げた。」
「なんとも悪い親父ですね。それで?」
「まず試験における記憶の重要性の説明から始めた。
『算数は考える勉強だと思っている人が多い。だがそれは間違いだ。算数を考えて解こうなどと思っていたらどんなに時間があっても足りない。5分間考えて解けなかったら答えをみて解き方を覚えなさい。学校で習う教科はすべて記憶だ。』
つぎに記憶について解説を始めた。
『これから記憶の仕方について説明するぞ。お前の記憶の方法は、覚えたい言葉を何度も口の中で繰りかえす方法だろ。これをナムアブダブツ記憶法とお父さんは名づけている。ナムアブダブツ、ナムアブダブツと繰り返しても効率よく記憶できない。記憶をよくするためには頭の中にいくつもの引き出しを作ってそこに覚えたいものをしまっていけばいい。この方法を教えるが、記憶術は剣術とおなじ術、つまりワザなので、うまく出来るようになるまでに2年くらいはかかる』と説明した。そして夏休みを利用しながら記憶術を教え、試験の結果を踏まえて記憶術を深めていった。」
「それでどうなったのですか?」
「中学から急に成績がよくなった。高校に入ると1年生から3年生まで成績は常に一番で、卒業のときは総代を務めた。東京の有名私立大学に入学したが一年目からやはり1番だった。在学中に成績優秀で2度の表彰を受け、3年次終了のときに飛び級で卒業した。しかも4年生に混じっての一番だった。」
「すごいですね。情報ってそんなに役に立つのですね。」
「それだけで感心してもらっては困る。俺は娘に遊びに遊ばせる生活をさせてきた。年に3回は家族旅行をしてきた。冬は北海道のニセコでスキーか沖縄の宮古島、夏はハワイやグアム、ハウステンボスなどだ。5月の連休はリゾートホテルで過ごす。家内はそれとは別に娘とよく東京デイスニーランドに泊りがけで出かけていた。 娘は娘でよく遊んでいた。学校では写真部に所属し、クラブの部長をしていたので、自分の行きたい京都や奈良、大阪の有名スポットを写真撮影でほとんど回ってしまった。
スポーツはテニスとゴルフ、中学1年の時、ハワイのマウイ島にゴルフにいった。娘はまだ始めたばかりなのにショートホールでパーをとったのには驚いた。こんな風に遊びに連れて回っていて、確か中学3年の夏だったが面白いことが起こった。その夏は毎週のようにゴルフに連れていったのだが、お盆を過ぎたある日、リビングでくつろいでいた俺の前に娘が来て突然正座した。そして両手をついて『お父さん。この夏休みは、もう本当に十分遊びました。これ以上遊ぶと夏の勉強ができません。どうぞ勘弁してください。』と土下座した。そこで俺は『そこまでお前が頼むなら許してやる。』そういって夏休みに計画していた以後の遊びを中止した。」
「嘘でしょ。」
「いや、なんの誇張もない本当の話だ。娘は遊びを心から楽しんでいた。だが時々とても深い孤独感に襲われることがあったらしい。娘が土下座した前日は家族でゴルフに行った。その夜、娘は疲れた体にムチ打って部屋で勉強していた。少し休憩しようとリビングを覗くと両親が二人ともソファの上でイビキをかいて寝ていた。娘はさびしく部屋に戻りながら親と一緒に遊んでいたら大変なことになると危機感を抱いたらしい。」
「なんとも身勝手な両親ですね。」
「何で、だ。子供の勉強は親には関係ない。ともかく俺は学問を整理する方法と記憶術を情報として娘に教えた。その情報のおかげで勉強する時間が大幅に短縮され、十分すぎるほどの遊ぶ時間が生まれたというわけだ。情報がこれほど人生を変える働きをすることを教えておくと情報に対して深く尊敬の念を抱くようになる。」
「私もあなたが教えた勉強方法を是非知りたいですね。」
「そうだろ。だが教えても実行するのは難しい。」
「やはり教えてくれないのですね?」
「俺は大学時代にこの勉強方法を思いつき、学費半額免除の優等生として卒業した。これを娘に教えたら非常にうまくいったので、この情報は誰にでも役に立つものだと信じていた。ところがそうではないことが分かった。あるとき小学校2年の女の子を持つ母子家庭の女性と知り合った。もしこの方法を女性に教えたらとても役に立つのではないかと思った。なんせ娘は塾には行かなかったので教育費を大幅に節約できたからだ。だから生まれてはじめて他人に教えようと思った。まあそれで少しばかり教えたのだが、教えられたほうは何やらキョトンとして全く理解できなかったようだ。何故、分からないのか?日本人特有の情報音痴のせいもあるのだろう。だが、それだけではない。いろいろと考えてやっと分かった。情報をもらっても実行するのはとても困難だと。試験が終わった直後に自分の間違った問題ばかりを勉強するのは大変な苦痛だ。[テストの点が90点だった、よかったね]で片付けばそれほど楽なことはない。
分かっていてもできないことが多いのだ。娘は旅行に行っても新幹線の中でも飛行機の中でも勉強していた。情報を与えられても教えられた方法で努力していくのは簡単なことではない。
俺だって好きでもない英語でThe Economistを長年にわたって読んでいくのは大変だった。タイムやニューズウイークのような簡単な英語じゃないからな。だから情報を教えても役に立たないことが多いのだ。とくに入試を必要としていない君に教えても役に立たないし、悪いが教える気もないのだ。
俺がこんな話をしたのは情報を重視して欲しいからだ。一度でも情報で成功すると集めた情報で仮説を立てて行動するようになる。
すると大変魅力的な人物が出来上がる。何故だか分かるか?情報を集めるためには人に信用されなければならない。だから口は固く、情報を収集して出た結論に忠実に行動するから大変強固な意志を持つようになる。」
私は老人の話に圧倒され、疲れてしまった。老人と別れた後、気分転換にホテルの屋上庭園を散歩した。散歩しながら情報に対してヤマビコ現象をおこす日本人の中では情報を提供してもオリジナリティーさえ保証されないという老人の言葉が心に沁みたのだった。
- 第2話「マスコミの情報操作」
- 2010年05月24日
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