第197回「金持ちは医療で贅沢できるか?」
香雪記念病院
兵庫県西宮市の甲山の麓に香雪記念病院という豪華な病院があった。朝日新聞の社主である村山家の庭に咲く香雪桜に名前が由来していて、オーナーは村山家から関西財界に変わったと聞いたが、詳しい事は私にはわからない。
その後、全く違う医療機関が施設を買い取って、今は下記に述べるようなサービスは行っていないし、名前も変わっている。
香雪記念病院は日本では珍しいオープンシステムをとっていた。入院した患者さんが自分の主治医を連れてきて治療を受けることができる。主治医がいない間は病院の医師が主治医の指示に従って治療を継続してくれる。
病院はほとんどが個室で一泊、50,000円、病室にはトイレも風呂も付いている。食事は自分の好みに合わせて2ー3種類の中から選ぶことができ、事前にスタッフが要望を聞きにやってくる。食器はプラスティックといった下品なものではなく、ちゃんとした陶器の器だ。
病院の最上階にはとても見晴らしの良いレストランがあり、一流ホテルで技を磨いた料理人が料理を作っていた。私は何度か食事をしたことがあるが、無論ホテルの料理となんら変わらない。
往診に行ったことがある。
患者は病院の個室を1年間借りきっていた。病室にオーディオセットやコーヒーメーカーを置いて暮らしていた。仕事のストレスがきつく、酒が好きなので、ついつい飲み過ぎてしまう。体調が悪くなると自分の家に帰るように入院してきて点滴をしてもらう。そんな生活をずっと続けていた。エレベーターには(閉)のボタンはなく、病院にはのんびりとした空気が流れていた。ここまでわがままが許される病院を私は見たことがない。
こういった病院がないのは様々な法律的規制ができたからだ。
差額ベッドでの贅沢はできるが
日本ではアメリカのようなオープンシステムをとっている病院はない。だから信頼している先生にずっと見てもらうことはできない。
豪華な差額ベッドのある大学病院もあるが、病気が快方に向かうとすぐに追い出されてしまう。特別な食事をとることもできず、そうそう簡単に外出することも許されない。
まあそれは当たり前のことだ。特別なサービスを健康保険で受けることはできない。
飛行機のファーストクラス
ファーストクラスのチケットを買うと、空港で専用のラウンジで出発までゆっくりと過ごすことができる。また飛行機に乗る場合には優先的に搭乗することができ、広い座席でゆったりとフライトを楽しむことができる。
医療には特別待合室も優先診察もない。みんなが普段からお金を出し合って維持している医療制度だから、金持ちだといって優先される事は無い。
もし自分があと1―2年しか生きられないということになったら、香雪記念病院で最後を迎えたいと言う老人が多かった。
1年間1800万円の費用がかかるが、今のように老健施設がない時代だから、歳をとって散財するのだったらそういうところで使いたいという老人が多くいてもおかしくは無い。
なぜ今の金持ちは医療にお金をかけないのか?
夏休みに親戚が経営する介護つき老人ホームを見学に行った。経営者は医者ではないし、本業は物流関係の仕事だが、親の介護が大変だった経験から老人ホームを作った。
驚いたのはとても景色の良いところに建っていて、リゾートホテルのようだったことだ。
ただここは介護付き老人ホームであり、高度な医療をしてくれる場所ではない。
全室スイートルームのホテルを立てる事は可能だが、病院では不可能だ。差額ベッド規制があって、差額ベッド代金が取れるような部屋を多く作る事は許されていない。
また混合診療の規制から保険診療に加えて自費診療を同一の病院で受けることも禁止されている。
中国高官の治療
15年位前の話だが、中国の高官が肝臓癌になった。子供は医者でアメリカにいて、世界最高峰といわれるがん研究所に勤めていた。ネイチャーに論文がのったことのある研究者だ。
その医者は世界最高の治療を求めて、アメリカや日本を中心に調査した。そして日本での重粒子線の治療を選んで日本に3ヶ月ほど滞在して治療を受けた。滞在期間中、漢方薬の治療を私が担当した。そして完璧に回復した。
この経験を通じて私は面白いことに気がついた。日本には特別な治療と言うのはあまり存在しない。特別な治療というのは当然、自費診療になるのだが、日本では混合診療の規制が厳しく、特別よく効く自費診療を発展させることが難しい。
2番目の問題は金額だ。私のクリニックの1日の薬代は800円からだ。院内で薬を作っているためこれ以下に値段を下げる事は難しい。もし私の薬が保険薬なら、そして患者さんが後期高齢者なら薬の値段は1割、わずか80円ということになる。保険薬があまりに安いから800円でも高く感じられるようだ。
今の日本でお金持ちが医療で贅沢しようと思ったら、自らの工夫と努力で良い治療を選び、快適な状況を自ら作るしかない。
- 第197回「金持ちは医療で贅沢できるか?」
- 2018年11月20日
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