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香杏舎ノート

第164回「東大医学部と受験塾」

おおたとしまさ氏の[ルポ塾歴社会]という本を読んで驚いた。東大医学部に入学する6割以上の学生が学校は別でも同じ塾の出身だという。
塾の名は鉄緑会といい、塾に無試験で入学できる学校を塾が指定するという指定校制度を取っている。指定されている学校は超一流の受験校ばかりだ。

東大の医学部に入学できる生徒は頭がいいのだろうが、塾で受験テクニックに一段と磨きをかけられて入学してくる。医療に興味はなくても日本最高峰の難易度にチャレンジするために受験を決める学生も多いという。
塾では現役の東大医学部の学生、卒業生が指導に当たっていて、東大医学部を出ても3割の人が医者として働くのではなく、その塾の先生をしているらしい。
医者をせずにマッキンゼーといったコンサルタント会社に勤めてしまう人もいる。

医者という仕事への誤解

医者になりたいという意欲が少ないのか、東大の医師国家試験の合格率は80%台、全国の医学部の順位は60位くらいで、決して高くはない。
この理由として、東大は医師国家試験への対策をしないだとか、学生は研究志向が強いからだという人もいるが、医学部に入りながらわざわざ医師の資格を取らないという選択肢はない。

彼らのような学生にとって国家試験に合格するなど問題ではないはずだ。
多分、医師という仕事に失望するからではないかと思う。

医学部は職業訓練校

医学部に入学すると生理学、病理学、薬理学などの基礎医学を学んだ後に内科、外科、眼科といった臨床医学を学ぶ。卒業すると研修医として実際の治療を学んでいく。アカデミックではあるが、医学部は医師という職業ができるようにするための職業訓練校だ。

職業訓練校的な性格をもっている学部は他にはない。法学部を出ても必ずしも弁護士になるとは限らないし、経済学部を出ても必ずしも公認会計士になるわけでもない。

また卒業時に試験を受けて医師のような独占的な資格を取ることができるわけでもない。医学部を出ると医者になるしかない。無論、医官として役所に勤務することも、また大学院に進んで研究者になることもできるが、基本的には医療にたずさわることになる。

保険医療には厳しいルールがある

世間ではひどく誤解されているのだが、医者は自由業ではない。保険診療で診察する限り、健康保険法に則って仕事をしていく必要がある。検査も治療法も厳しく規制されている。

また天皇陛下を手術できるような名医と言われるようになっても、診察料は研修医と同じだ。私は、頭のいい人にとってこのような社会主義的な待遇や診療の制限は我慢できないのではないかと思う。

戦前は医学専門学校(医専)と大学の医学部に分かれていて、医専を出た医者は一般臨床に携わり、大学の医学部を出た医者は研究者や指導者になるように道が分かれていたと聞く。そのようなイメージで東大に入ってくると失望することになる。

企業家精神のある医師がいたとして、開業医から大病院を作り上げることは不可能だ。医院を大きくするために医者を雇おうにもベテランと新卒の診察料が一緒であれば雇う原資を貯めることができない。よしんば経営が軌道に乗り、医院から病院に発展していきたいと思っても都道府県のベッド規制があり、廃業する病院からベッドを貰ってこないかぎり病院にすることはできない。

頭の良さを証明するために東大の医学部に入ってみたものの、実態に失望するとなるとそれは頭が良いとはいえない。厳しい受験競争の中で飛び抜けた優秀さを証明してきた彼らにとって、一番満足のいく仕事とは何なのだろう?

それは創造性を必要とする仕事だろう。
研究者になってノーベル賞を取るような研究をするとか、アップルの創業者のスティーブ・ジョブスのような仕事をすることだろう。塾のない創造的世界で成功することが本当に頭のいいことを証明できる。医者になるなどということは、彼らの才能を無駄にしてしまうことになるのかもしれない。

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