第57話「医者の未来」
老人は自分の過去をしゃべりだした
今から50年前の1974年、医学部に入学した私を父親が呼んで次のように言った。
「ドイツやイタリアでは医者になれても保険医の枠があり、保険医の順番を待つ間、タクシーの運転手やホテルのベルボーイをしながら生計を立てている医者が多くいるのを知っているだろう。
私の計算では老人医療費が1995年までは伸び続けるから飯を食っていくことができる。だが、その後はどうなるか分からないから自分で飯が食えるように準備しておけ」
私は東京の医学部に現役合格していたが、親の負担を考え浪人をする道を選んだ。
1974年には医学部の定員が4000人から8000人になり、また無給医局員制度も無くなったことから医学部志願者が急激に増えた。私は関西の医科大学に1200人中20番で合格した。
後年、父は私が東京に行っていたら兄を医学部に行かせることはできなかっただろうと言っていた。
医療対象者は75歳まで
年齢が75歳以上になると介護が中心になり、医療とは別の扱いになる。医療対象者は75歳までで、医師が治療する対象者と大まかに考えていい。老健施設では医者でない施設長が管理者であることが多く、定年後の医者が就職しても名簿に出てくることはほとんどない。
私が開業した1990年、74歳以下の人口は1億2361万人で医者は22万人、医者一人あたり554人の医療対象者がいた。2025年になると人口は9740万人に減り、医者は30万人で医者1人当たり324人になる。今後、医学部の定員は削減されていくから2045年には医者は33万に微増するが、対象人口は7797万人になり、医者1人あたり236人にまで減少する。
医師会の予想では今から20年後に医者が余ってくると予想されている。つまり、飯が食えなくなる時代が始まるのだ。
年代 | 74歳以下の人口 | 医師数 | 医師一人の人数 |
---|---|---|---|
1990年 | 1億2361万人 | 22万人 | 554人 |
2025年 | 9740万人 | 30万人 | 324人 |
2045年 | 7797万人 | 33万人 | 236人 |
「稼ぎに追いつく貧乏なし」と言うが
医者の給与は1200万から2000万くらいの間に収まる。医者の仕事は1人1人患者を診ていく仕事だから、効率化ができない。
開業医の収入は良いと言われるが、それはあくまでも売上であり、開業費用の借金を返済すると手元にはあまり残らない。また年収2000万円の人の手取りは1300万ほどしかなく、3000万になっても手取りは500万円しか増えない。
年収 | 手取り |
---|---|
10,000,000円 | 7,212,196円 |
20,000,000円 | 12,910,876円 |
30,000,000円 | 17,724,876円 |
1000万円プレイヤー
世間では年収が1000万円以上あるサラリーマンを1000万円プレイヤーという。人口の5%しかいない。医者が若くして1000万円プレイヤーになれるのには訳がある。治療費が法律で決まっていて、研修医であろうと教授であろうと値段は一緒だからだ。だから若くして金持ちになれる。
外来で患者さんを診るとかかった費用の1割から3割を患者さんからもらい、後は社会保障費が振り込まれてくるのを待てばいい。社会保障費に助けられて実際の値段の9割引きから7割引きでサービスを売っているのだから、これほど楽な商売はない。
ただし、マイナス面もある。
医療保険は全国どこの病院で治療を受けても、同じ均一なサービスを受けることができるように統一されている。少しでも変わった治療をすると、保険金は支払われない。だから医者が自分独自の治療を開発することがほとんど不可能なことだ。
手術や内視鏡検査といった手の器用さで自信をもっている先生もいる。それは素晴らしいことだが、自費診療ができるほどの腕をもてないことも確かだ。
医者は自由業ではない
医者は半分公務員だ。保険診療で飯を食っているからだ。保険診療といっても保険料だけでなく40%も税金が入っていて、今後、その割合は高くなっていく。
何故なら、引退した65歳以上の人は高額の保険料を払うことができないからだ。老人医療費の70%は税金だと言われている。そうなると10年から15年後にはフランスのように医者は全て公務員になる可能性が高い。
医者の収入が減り、政府が力を持つと医者を全員公務員にして医療の効率化を図るだろう。公務員になると、コロナ感染が起こった時、全国に医者を派遣できるし、給与も安くできる。その代わり、医者は過酷な労働から解放されて、きちんと休みを取ることもできるようになる。給与は恐らく1000万弱になるのではないか。
公務員は定年が明確なので、65歳以上になると嘱託になり、安い給与で働くことになる。
無論、当直しない高齢の医者など雇ってくれない。イギリスでは当直の医者はポーランドなどからやってくる。今の幸せな状態は10年くらいしかないだろう。その間に老後の設計をしっかり立てておくことだ。
私は父の言いつけを守った
父の予想はとてもありがたかった。私は保険診療から抜け出し自費診療をすることができたからだ。
- 第57話「医者の未来」
- 2023年06月20日
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