第38話「フランス人ソムリエと鰻、そしてワイン」
鰻が苦手のフランス人
「ワインに合う料理ということで、フグや鰻をテーマに横井ソムリエをいじめてきたが、様々なシャンパン、赤ワインなどでかわされてきた。最近、横井さんはフランス人ソムリエと仲が良くなり、以前より美味しいワインを持って来るようになった。」
そう言って老人が夢の中に現れた。
「まだやっていたのですか? もう負けははっきりしているのじゃないですか?」
「失礼なことを言うな! どれだけおいしいワインを持ってきて料理に合わせるかが勝負だから、簡単に勝負がつくはずもない。俺はふとそのフランス人が横井さんの弱点だと気づいた。フランス人は日本の食材に慣れていないからだ。だから前回はフグ料理に招待して、ヒレ酒を飲ませてみた。その話はまたの機会に話すが、俺はそのフランス人は鰻が苦手だと聞いたので、フランス人を鰻屋に招待することにした。そのフランス人はアレックス(アレクサンドル、アレックスは通称)と言うのだが、鰻の甘いタレが苦手だという。」
「本当に高級な鰻を食べたことがないからじゃないですか?」
吉兆の鰻
「俺もそう思って最高の鰻を食べさせる青葉(元町店)を予約した。
日本の懐石料理を作った吉兆の湯木(ゆき) さんは、神戸の花隈にあった料亭の出身だ。それから大阪に出て有名になったのだが、出身の料亭は鰻屋の青葉になっている。青葉のご主人は東京帝国ホテルの吉兆で修行しているから料理はうなぎだが、彼の作る野菜の炊き合わせの味はまったく吉兆と変わらない。帝国ホテルの吉兆でもうなぎ丼を出すのを知っている人は少ないだろう。」
「本当に鰻丼を出すのですか?」
「新しく銀座にできた吉兆でも出しているから吉兆と鰻は切り離せないものだ。」
背開きか腹開きか?
「江戸は武士の文化ですから鰻は背開き、蒸してから焼きます。大阪は庶民の街だから腹開きで、直火で焼きます。吉兆の鰻はどちらですか?」
「いい質問だ。青葉は創業70年になるから、腹開きだろうとみんな想像している。だが江戸風の背開きで、蒸してから焼いている。理由が知りたくて女将に聞いても、おじいちゃんと相談して決めたというばかりだ。無論、吉兆の鰻も背開きだ。とは言え、江戸の老舗の鰻屋、例えば野田岩とも少し異なる。」
「どう違うのですか?」
「青葉の鰻はゼラチン質が豊富で肉厚だ。タレは濃厚で少し甘く感じるかもしれない。帝国ホテルの吉兆とも少し異なる。」
「どちらがおいしいのですか?野田岩と青葉。」
「個人の好みだと思うが、両方に連れて行った従業員は青葉がおいしいと言う。
俺はアレックスが甘いタレが苦手だと聞いたので、事前に青葉の女将に相談に行った。するとタレをさっと一回つけるだけという方法もあると言う。どうしてもダメなら白焼きでということになった。」
梅肉と酢味噌でワイン
「じつは相談はそれだけではない。ハモの湯引きを梅肉と酢味噌でいただく。ホタルイカの煮付けを酢味噌でいただくという計画を立てた。ワインと相性の悪い酢味噌と梅肉を選んだのだ。」
「意地悪ですね。梅肉なんかワインに合うはずもないじゃないですか。」
持ち込んだグラスは49個
「鰻の会の出席者は7人、志摩観光ホテル、ベイスイートの千葉ソムリエやホテルオークラに25年いて海外勤務の経験もあるフレンチのオーナーシェフ千賀さん(フレンチバルsenga)などだ。持ち込んだワイングラスは合計49個でワインは7本だ。それをテーブルの上に各自7個並べてワインを注ぎ、どれが料理にベストマッチするかを調べていく。」
「ワイングラスだけで壮観ですね。」
「ワイン好きはお店にマイグラスを持っていく。アレックスも自分のワイングラスを持っていくという。千葉ソムリエも新潟県の面白いワインと7個のグラスを持って現れた。千葉ソムリエは『日本では山梨がワインの生産地の中心だと思われているが、長野県や新潟県にもいいワインがあります。』という。」
「まず1番初めに提供されたのがキモの串焼きだ。一般の鰻屋ではキモ吸いを出すが美味しくない。食感が悪いからだ。キモは串焼きにすると香ばしくてうまい。ただアレックスがタレをどう感じるかが問題だが、ひと口食べておいしいと言う。」
「そりゃあスーパーで売っている鰻とは違いますよ。スーパーの鰻のタレは水飴みたいに、ベタベタします。」
「次がハモの湯引きとホタルイカだ。だが、ホタルイカのシーズンが終わり、トリ貝になった。」
「これには困ったんでしょうね。」
「ところがロゼのワインやマコンにはよく合う。不思議に思っていろいろ考えると、梅肉も酢味噌も酸っぱくなくておいしいのだ。」
「なるほどそういったものも吉兆の味というわけですか?」
「吉兆が青葉という鰻屋をやっているものだと思えばわかりやすい。何でもおいしいのだ。女将は東京吉兆本店で修行しているからサービスも良い。どこをとっても一流だと言えるだろう。」
「どのワインが1番おいしかったのですか?」
2006年のマコン
「2006年のマコンが秀逸だ。マコンはブルゴーニュのシャルドネで作られたワインだ。シャルドネはもともと酸味があり、すっきりとした味わいだが、アレックスが見つけてきたこのワインは最高だった。ワイン通なら貴腐ワインと言うのを知っているだろう。白ブドウに貴腐菌がつくと水分が抜けて糖度が増してとても甘いワインになる。マコンは一部貴腐化したシャルドネを普通のシャルドネと一緒に醸造したもので、年によって貴腐化率が違う。2006年のマコンは貴腐化率のバランスが絶妙で、貴腐ワインの奥行きのある香りと味わいがシャルドネ本来の味と混じりあって絶妙な世界を作り上げている。今では値段が高騰して手に入らなくなっている。
KUSUDAワイン
ニュージーランドで楠田氏が作っているピノロアールの2014年と2003年の赤ワインを横井ソムリエが持ってきてくれた。横井さんはJAL がファーストクラスでこのワインを提供していたが、人気が高く継続して出すことは難しい。こういった希少ワインをJALが出すのはおかしいと言っていた。
2014年でも十分な熟成感があり、とてもおいしい。2003年は尖った感じがあリ、しばらく飲んでいなかった。すると千賀シェフが横井さんに『2003年のワインをいつ開けましたか?』と聞いた。『2014年と同時です。少し早かったでしょ。』と答えた。」
「どういうことなのですか?」
「熟成されたワインは、時間をかけて空気にさらさないと美味しくなってこない。横井さんがよく冗談で、『熟成されたワインは熟女のようなもので、いきなりパンティーを脱がすと頬を叩かれますよ。』という。熟成されたワインは美味しくなるには時間がかかる。『レストランで高いワインを出すには客の来る前から用意しなければならないが、キャンセルされると、高いワインは無駄になってしまう。』そう千賀シェフも言う」
「なるほど。よくワインがわからない客が高いワインだったらおいしいと思って、レストランで飲みますが、本当は1番まずい時間のワインを飲んでいるわけですね。」
「横井さんは、ロマネコンティは目覚めるのに4日かかると言う。デキャンタするのは無理矢理目覚めさせるようなもので適切ではないとも言う。しばらくしてから2003年のワインを飲んでみると、どんどんワインが目覚め美味しく変身しているのを感じることができた。ついでだが、ロゼのワインも白焼きに合うワインだった。」
アレックスという人物
「アレックスはソルボンヌ大学を出ていて完璧な標準語の日本語をしゃべる。控えめで好感の持てる青年だ。横井ソムリエによると、自分よりも漢字が書けると言う。フランス人だからフランス人同士で希少なワインを買うことができる。横井ソムリエがその才能に惚れ込み独立を手伝い、アレックスはワインの卸業を始めることになった。」
「楽しみですね。」
「アレックスはフランスには安くておいしいワインがたくさんあるが、説明するのが難しいと言う。考えてみると、ワインほど値段と味が一致しにくいものもない。100万円のワインが1万円のワインの100倍おいしいわけではない。フランス人は、知られていない小さなワイナリーからおいしいワインを安く取り寄せて楽しんでいるに違いない。
彼は価値のあるワインをリーズナブルな値段で日本に持ってきて売ることに成功するだろう。ソムリエとしての味覚は確かだし、小さなワイナリーもフランス人の彼だったら信用してワインを売ってくれるに違いないからだ。そうそう彼はネット販売もすると言っていた。店の名前は確か… .」
私は急に目覚めた。老人は夢の中に帰って行った。私は慌てて部屋の電気をつけ、アレックスの店の電話番号やホームページアドレスを紙に書きとめた。とても楽しい夢だった。
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ワインリスト
横井ソムリエは鰻にはピノ・ノワールという信念を持っているのがワインリストからも読み取れる
【ロゼワイン】ユリス・コラン エクストラ・ブリュット ロゼ・ド・セニェ レ・マイヨン Extra Brut – Rose de Saignée -“Les Maillons” 2011年 品種 ピノ・ノワール アペラシオン Champagne タイプ スパークリング ロゼワイン | |
【白ワイン】ブラン・ド・ノワール レ・マイヨン Blanc de Noirs – “Les Maillons” 品種 ピノ・ノワール アペラシオン Champagne タイプ スパークリング 白ワイン | |
【赤ワイン】Kusuda ピノ・ノワールグラベル Kusuda Pinot Noir [g] – Kusuda 2003年 品種 ピノ・ノワール 2014年 クスダワイン 品種 ピノ・ノワール | |
【白ワイン】ドメーヌ・ジョルジュ・ヴェルネ ヴィオニエ ル ピエ ド サンソン 2014 品種 ヴィオニエ | |
【白ワイン】 ドメーヌ・ド・ラ・ボングラン・ヴィレ・クレッセ・キュヴェ・EJテヴネ 2006 産地 ブルゴーニュ、マコネ 品種 シャルドネ | |
【白ワイン】フェルミエ エルマール デューオ アルバリーニョ Fermier El Mar Duo Albarino 2017年 産地 日本、新潟 品種 シャルドネ |
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- 第38話「フランス人ソムリエと鰻、そしてワイン」
- 2019年07月25日
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