第6話「孤食と結婚 」
最近、子供の虐待死の報道が多い。食事を与えず餓死させたり、ゴミ箱に入れて窒息死させたりと本当に恐ろしい殺され方をしている。頼る者が親しかいない幼い子供が親から暴行を受けて殺されるのは本当に可愛そうだ。
そんなことを思いながら私はガジュマルの木の木陰で物思いにふけっていた。近くのベンチには観光客の親子が宮古島の風を楽しみながら歓談している。幸せそうな家族がいるのに、どうして自分の子供を残酷な方法で殺してしまう親もいるのだろう?そんな私の妄想を感じたのか何処からともなく老人が現れて話し出した。
「詳しく報道されることがないのだが、殺される子供の多くは母親の連れ子だ。」
「本当ですか?」
「そうだ。母親が子供を連れて再婚する。再婚相手の男は連れ子を嫁さんを抱いた男の子供だと嫌う。母親は新しい父親に何かと気を使っているうちに連れ子が憎くなり旦那と一緒に殺してしまう。
虐待死の話を聞くたびに俺はライオンの群れのことを思い浮かべる。ライオンは一匹の雄ライオンと何頭かの雌ライオンが群れを作って暮らしている。この群れが他の雄ライオンに乗っ取られたら、乗っ取った雄ライオンは群れの子ライオンをすべて殺してしまう。人間にもそんな動物の血が流れているのではないかと思うのだ。
もちろん世の中には優しい男もいるから自分の子供と連れ子を同じように可愛がって育てる人もいるだろう。だが連れ子を可愛がるには努力が必要だし、女も旦那に気を使いながら暮らすことになる。もしそうなら再婚せずに暮らしたほうが、気が楽かもしれない。」
「確かにそうですね。」
「女は結婚に失敗すると大変なハンディを負うことになる。このことに気づいている人は少ない。離婚するとほとんどの場合、子供を母親が引き取る。しかし子供の面倒を見ながら働くのは大変だ。一人で家事、育児、仕事の3つをこなさなければならない。
会社は幼い子供がいる母親を雇いたがらない。『子供が熱を出したので休ませてください』と言われると、会社は拒否することが出来ない。『参観です、運動会です、PTAです』こう言われても断れない。だから初めから雇わない。別れた旦那で養育費をきちんと払う奴はほとんどいないから母子家庭の貧困率は66%と一般の貧困率の12%をはるかに上回っている。」
「悲惨ですね。」
「それだけじゃない。もし子供が女の子だった場合、悪い男に狙われる危険が極めて高くなる。俺の知っている遊び人は原宿で若い女の子を引っ掛けてセックスするのを楽しみにしている。そいつによると『セックスできるのは決まって片親の子だという。だから片親だと分かれば積極的に誘うのが成功率を上げる方法だ』と言っていた。また風俗で働く女をスカウトする奴に聞くと、やはり片親の子供がターゲットだという。離婚して女の子を持つお母さんは子供がそういった男たちのターゲットになっていることを知っておかねばならない。」
「すさまじい話ですね。」
「もし結婚に失敗すると、どんな結果が待っているか、そういうことを詳しく調べて結婚に失敗しても被害が少なく済むように戦略を練ることが大切だ。
まず離婚して働きだした場合、何か資格を持っていると大変役に立つ。看護師とか薬剤師といった資格があれば、幼い子供がいても雇ってくれる。だから女の子も勉強をしていい学歴や資格を取っておくべきだ。
[女の子は勉強をしなくても素直で可愛く育てたらいい、お嬢さん学校を卒業させて可愛いお嫁さんになって欲しい]などと考える親がいたらそれは時代錯誤もはなはだしい。もし離婚した娘が孫を連れて帰ってきて実家で面倒をみるとなると経済的負担は大きい。娘がパートで働いてもそれだけじゃあまったく足りない。親の老後の資金はすぐに底をついてしまう。多少の金持ちでも娘の老後の資金まで面倒をみることは不可能だ。男は離婚してもそのまま仕事を続けるのに対して女は新しく仕事を見つけて働かねばならない。だから女のほうこそ男以上に学問をつけさせておく必要がある。」
「確かに離婚は女性にとって大変な負担ですね。そんなことを考えていると恐ろしくて結婚できないですね。」
「結婚について考え方を改めなければならない時代になった。嫁に行って旦那の家の一員になって子育てをする、そんな考え方は通用しない。若い人の給料は少なくなったから男が一人で嫁さんと子供を養っていくことは、よほどのエリートでないと無理だ。これからは共稼ぎが基本だ。効率よく共稼ぎをするには妻の実家の近くに住むのがいい。子供が生まれたら実家に協力してもらいながら妻も働き続ける。旦那の実家の近くでもいいが、子供を預けるのに気を使ってしまうし、万が一離婚したときに不利になる。だから女の実家のほうがいい。女は離婚しても仕事を続けられるし、親と同居すると住居費がかからない。こういった作戦を立ててから結婚することだ。日本では毎年75万組が結婚するのだが、25万組の離婚もある。だから離婚のリスクについて対策を立てておくのは当前のことだ。」
「なるほど。話を聞いて昔の農家のことを思い浮かべました。若い夫婦が野良仕事をし、年寄りは孫の面倒をみたり、囲炉端で草鞋を編んだりしていた。今なら若い夫婦はフル勤務で働き、爺さんは嘱託で、婆さんはパートタイムで働いて孫の面倒をみる。そんな感じですね。」
「その通りだ。日本の年金は当てにならなくなったから家族全員で働いていかねばならない。福井県では家族全員で働くので世帯あたりの収入が大きい。これからの日本ではそういった暮らし方が増えてくるのだろう。」
「離婚もさることながら結婚しない人が増えてきました。これはどうしてなのでしょう?」
「動物的本能からすれば結婚して子供を生んで育てていくのが自然だし、ほとんどの人がそれを望んでいるはずだ。しかし東京では男の5人に1人、女では10人に1人が生涯独身だ。この原因についてはいろんな説明がなされているが、一番の原因は給料の少なさだ。
何故結婚しないか、何人もの独身女性に聞いてみたことがある。多くの人は仕事に疲れていて専業主婦になりたいと思っている。つまり仕事からの逃避として結婚を考えている。逃避だから働く気がない。今のボーイフレンドは悪い人ではないのだが、収入が少ないから結婚に踏み切れない。男のほうは結婚するなら妻には専業主婦になって欲しいのだが将来を考えると共稼ぎで楽をしたい。もし結婚して子供が出来ると妻が仕事を辞めて一人で稼がねばならない。そうなると収入が少なくなり自分の小遣いがなくなる。それなら今の彼女と何となく付き合っているほうがいい。女も男も結婚する前から相手を頼りにしている。そしてもっといい相手が現れるのをひたすら待っている。待っているうちに年をとってしまうのだ。」
「なるほど。男が一人で女を養っていくだけの給料を会社がくれなくなったから男は結婚できないし、女は専業主婦ができるような高給取りの男を捜しているのだが、そういう男はほとんどいないというわけですね。ではどうすればいいのですか?」
「意識改革だ。男も女も平等に働く必要がある。家事は昔ほど大変じゃない。洗濯物は洗濯機に入れればしまいだし、掃除は毎日しなくても死ぬわけじゃない。食事は外食やテイクアウトをうまく利用していけばよい。 女のほうも自立できる女を目指してしっかり勉強して、いい会社に就職するなり、資格を取る必要がある。そして結婚したら子供を実家に預けながらフル勤務で働き通すのだ。当然、家事もしないといけないから大変だが、男以上に働ける状況を作っておくことが大切だ。
俺が幼い時は冷蔵庫も洗濯機も掃除機もなかった。だから家事は重労働だった。洗濯は洗濯板に衣類を押し付けながら洗っていた。すすぎも絞りもすべて手作業だ。風呂は薪で沸かしていた。風呂に入るにはまず風呂釜に水を張り、焚口に回って薪を燃やす。湯加減を確かめに屋外の焚口から何度も屋内の風呂場にいかねばならない。スイッチ一つで風呂が沸く今とは大違いだ。ここ何十年かで世の中がとても進歩したが、個人のレベルで一番進歩したのは家事に手間がかからなくなったことだ。料理だって魚を買ってきて鱗をとってハラワタを出すところから料理をはじめなければならなかったのだから。家事が楽になった分だけ奥さんも外で働ける時間ができたし、男も家事を分担すればいい。一番問題なのは育児だ。日本は保育所が少ないから、ここの部分は親に助けてもらう必要がある。」
「なるほど。結婚するためには意識改革が必要なのは分かりました。ではどうして子供を虐待したり、育児放棄で子供を殺してしまう親がいるのですか?昔はそういった話を聞いたことがないのですが?」
「それは孤食をする人が増えてきたからだ。」
「孤食って一人でご飯を食べることでしょう?どうして一人でご飯を食べるのが悪いのですか?お父さんは残業や出張で忙しくて家族とご飯を食べることができないし、子供も塾通いで一緒にご飯を食べることができません。ちゃんとした食事であれば孤食が悪いとは思いません。」
「食事は食欲という自分の欲を満たす行為だ。この欲を満たす行動の中で、人は多くのものを学ぶことができる。」
「食欲と幼児虐待が結びつくのですか?」
「まあ話を聞きなさい。君は宮古島に遊びに来ているのだから、ゆっくり話を聞く時間があるはずだ。人には食欲の他に、性欲、物質欲、金銭欲、名誉欲など多くの欲がある。この中で食欲と性欲が一番原始的な欲だ。性欲は子供の頃はなく、加齢で弱まっていく。つまり一生の中で弱まったり強まったりする欲だ。ところが食欲は死ぬまで続く一番強くて本能的な欲だ。この食欲を満たす行為、つまり物を食べるということだが、この食欲を一人で満たすのかそれとも他人と一緒に満たすのかには大きな違いがある。俺がこの重要性に気づいたのはある経験をしたからだ。
学生時代、俺は台湾人の家庭教師をしていた。ある時、台湾人から食事の誘いを受けた。『中華料理を一緒に食べに行きましょう』というのだ。俺は赤ノレンの中華料理屋だと思ってツイードのジャケットにノーネクタイの姿で出かけた。ところがそこは皇海(ハイファン)という高級店だった。年配の人なら車海老がガラスボールの中で紹興酒をかけられてハネ回っている、この店のテレビ広告を見たことがあるかもしれない。
店に着くと、台湾の外交官や華僑の人たちが正装で集まっていた。女性はチャイナドレスを着て肩に毛皮のショールをかけていた。しばらくすると、店のオーナーがガラスボールに入れた車海老を持って現れ、1本10万円もするナポレオンの封を皆の前で切って車海老に振りかけた。それを見て俺は大変気のはったパーティだということに気がついた。若造の俺は年配の客の中でおとなしく話を聞いていた。しばらくしてクエの姿煮が出てきた。皆がクエを食べ始めたのを見てから俺も箸をのばした。遠慮して食べていたつもりだが、隣のチャイナ服のオバサンから『あなたは美味しいところばかり食べているね』と叱られてしまった。そこの部分は一番美味しいところで、皆が遠慮しながら食べる場所だったのだ。俺は何処が美味しいかも分からずに食べていたのだが、生来の意地汚さからうまいところばかりを食べていたらしい。
そんな経験をしてから格式あるパーティでお行儀よく食事をするには人付き合いに必要なすべての要素が含まれていることに気がついたのだ。」
「どういうことですか?」
「物を食べるというのは自分の欲を満たす、ある意味では人からは醜く見える行為だ。その中で他人と楽しくやっていくためには他人への配慮が必要だ。豚のように食べれば、一緒にいる人は不快になってしまう。だからスープは音を立てて飲むなとか、口に物が入っている状態で会話してはいけないといったマナーが必要になる。
もし自分が独占して美味しいところを食べると、やはり他人は不快になる。だから他人がどんなものが好きなのか、どこで遠慮するべきかを考えながら、相手の気持ちを読んで食べていかねばならない。
もし一言も喋らずに食べていても緊張感が生まれる。だからウイットに富んだ会話も必要だ。
家族と一緒に食べる食事はとても大切だ。他人と違って家族は遠慮がないから楽しく食べるには努力が欠かせない。口うるさい親父が鍋奉行をすると、家中が暗くなってしまうし、わがまま娘が美味しいところを独り占めにすると、弟や妹は恨みに思うだろう。親も子も楽しく食事を食べることができるようになれば、間違いなく他人とのコミュニケーションを上手に取ることができるようになるし、他人を思いやる心も生まれてくる。
孤食ではマナーも会話も学べない。特に他人を思いやる心が学べないのだ。だから幼い時から孤食で育った奴はどこか人間的な感情が欠落している。孤食の増加で以前では考えられなかったような幼児虐待、大量殺人のような事件が起こっているような気がする。いま世の中は食育ブームだが、一番大切なのは伝統的料理でも栄養でもない。会食を楽しくする技を学ばせることだ。」
「なるほど。言われてみれば国と国の付き合いでも晩餐会をしますし、ビジネスの取引でも契約書にサインして終わりではなく、必ず食事がついてきますね。人は会食で親しくなることができるのですね。」
「そうだ。人と人が手っ取り早く親しくなるためには会食するのがいい。男女のデートでも直接ラブホテルに行ったりしないだろう。食欲と性欲は根底の所で結びついている。食の細い男に魅力を感じる女は少ないはずだし、好き嫌いの激しすぎる女に男は魅力を感じないはずだ。」
「なるほど。食欲という欲を人と分かち合いながら満たしていく、面白いと思います。」
「俺は娘に厳しく食事のマナーをしつけてきた。娘が6歳の時にニセコにスキーに出かけた。日航アンヌプリに泊まって夕食にフレンチレストランに行った。娘が食事の途中でトイレに行きたいと言い出したので、厳しく叱った記憶がある。それから10年ばかりして東京の銀座にある資生堂のロオジエに行った。席につく前に店員が娘に『食事中はできるだけ席を立たないでください。』と声をかけた。食事をしていると、隣の席ではイブニングドレスを着た3人の女性と正装した男たちが食事をしていた。しばらくするとピンクの派手なドレスを着た女性がトイレに立った。その人が帰ってくると交代で次の女が、さらにもう一人と席を立っていく。居酒屋でビールを飲みすぎたわけでもないだろうに、高級店に来ていてもいつも行く店の雰囲気が出てしまうものだなと思った。
結婚に話をもどそう。日本で結婚が難しくなった理由は3つだ。日本が経済的に貧しくなったこと、昔ながらの結婚観で結婚を捉えている人が多いこと、さらには孤食によってコミュニケーション能力が落ちた人が増えたことだ。結婚するためには時代の変化を認識して結婚観を変えていくことが大切なのだと思う。結婚は望んでも出来ないこともあるし、また相手の親の結婚観までは変えることができない。だから運に任せるしかないのだが、少なくとも自分の結婚観だけは変えておかないと出会いはないのだと思う。」
私は老人と別れた後、ホテルの部屋から外を眺めていた。ゴッホの絵のような色彩の鮮やかな宮古島の風景を見つめながら何故、昔は孤食がなかったのだろうと思った。しばらく考えて分かった。孤食などしたくでも出来なかったのだ。ご飯は炊きたてを一緒に食べないと冷えてしまう。電子レンジも保温釜もないのだから。冷蔵庫もないから料理は長く置いておくと腐ってしまう。嫌でも家族一緒に食事をする以外に方法がなかった。子供は雷親父とご飯を食べることが時には苦痛だったかもしれないし、残りの一皿を誰が食べるかが大きな問題になったりしたはずだ。そういう気遣いをしているうちに気遣いが自然になり、他人とのコミュニケーション能力が身についたのだろう。
- 第6話「孤食と結婚 」
- 2010年09月11日
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