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香杏舎ノート

第71回「ミミズのハンバーガー」

ミミズの肉がハンバーガーに使われている、そんな噂を聞いたことがあるかも知れな い。多くの人が信じている話なので、バーガーショップがミミズの肉は使っていないと声明を出したこともある。それでも今なお噂は消えていない。「チェーン店を統括する責任者から聞いた話なので間違いない」と証言する人もいる。今回、この噂が真実かどうか、漢方医という私の立場から検証してみよう。

ミミズは食用になるのか

ミミズが魚の餌になるのは誰でも知っているが、動物もミミズを食べるのだろうか。身近かな動物では猪がミミズを食べる。「ミミズを食べるために猪がフェアウエイを掘り返してしまうので困る」とゴルフ場の人から聞いたことがある。人間はどうか。
オーストラリアの原住民はミミズを食べる。アメリカではミミズを使って生ゴミを堆肥にする容器が売られているのだが、その容器を買うとミミズの料理のレシピがついて来る。だから旨いかどうかは別にして食用になるのは間違いない。ミミズにはアミノ酸など有効成分が多く、栄養価も高いという。

ミミズの加工

ミミズの餌は土の中の微生物だから、体内の消化器には多量の土が含まれている。人がミミズを食べるためには、まずミミズの体内にある土をきれいに出さなければならない。鰻のように水に浸けて土を吐かせる。それから大量の水でていねいに外側を洗う。ミミズのいる所は清潔とは言えないから十分に洗浄する必要がある。だがそれだけでは十分でない。水銀やカドミニュウムといった重金属で汚染されていないか、農薬は大丈夫かといった検査も必要だ。こういった作業をして、はじめてミミズを食することができる。

ミミズの値段

鰻のようにミミズにも天然物と養殖物がある。魚釣に使う細いミミズ(シマミミズ)は養殖できる。牛の糞や生ゴミを使って養殖させている。太いミミズ、長さが20センチくらいの太みみずは養殖できない。越冬しないので1年で死んでしまう。春先に卵からかえるのだが、春や秋は地中深くに潜んでいるので、捕れる期間は6ー8月頃に限られている。

養殖のミミズは幾らくらいするのだろう。養殖のミミズは1キロ4千円から8千円。体内に土を含んだ状態での値段だ。ミミズだけの重量はこれより20ー30%軽い。さらにミミズは水分の含有量が多い。食べるためには、多少は水分を抜く必要がある。
カラカラに乾燥させると重量は元の8%ほどになってしまう。土を吐かせ、食べれるほどに水を取るとミミズの肉は1キロ6ー8万円になる。そんなわけで、ミミズの肉は農林水産大臣の表彰を受けた牛肉ほどに高い。

養殖ではない、天然のミミズはどのくらいの値段で売られているのだろうか。残念ながら売られていない。一匹一匹集めるのに大変なコストがかかり、環境の変化から数が激減しているために採算が合わないからだ。捕れるシーズンが短いので、その時期に人海戦術で集めなければならない。10年前くらいまでは、日本でも集めていた人がいた。だが今では手に入らない。それでもなおミミズバーガーのために太ミミズの肉を集めようとすると、1キロ10万円にはなるだろう。

いままで述べてきたことから考えるとミミズをハンバーガーに使うのは不可能だということがわかる。平日1個60円で売っているハンバーガーに逆立ちしても使えるわけがない。中国とか人件費の安いところでならもっと安くミミズのミンチを作れる。だが、牛肉ほどに安くはできないはずだ。ミミズがハンバーガーに使われているという噂の根拠にはミミズがただ同然に安いという思い込があったのだ。

ミミズを漢方で使う

なぜこれほどまでに私がミミズに詳しいかというと、漢方では薬として干したミミズを使うからだ。ミミズのことを地竜とか蚯蚓と呼んで薬として使ってきた。風邪を引いたとき、熱冷ましに使ったり、脳卒中後のしびれを取るためにも使ってきた。最近では脳血栓を溶かす作用があると大学の先生が報告してから急に注目されるようになった。

私は日本のミミズ、いわゆる和地竜を臨床で使いたいと調べたことがあり、とても高いものだということを、その時はじめて知った。実際に煎じて飲んでみると、とても生臭い。やはり、こんなものがバーガーに使われているはずはないのである。

私の経験

ミミズじゃないけれどほんとうは高いのに安物に見えてしまう、そんな経験をした。
ある時、私はナイロン製のブルゾンを買った。リバーシブルの縫製のよい品物で、バーゲンで8万円になっていた。 喜んで着ていると、若い女の子から「それ会社の支給品?」と言われた。

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