第26回「会話がないと子供は早死にする」
ドイツ人の神父が興味深い話をしてくれた。中世のヨーロッパで残酷な実験が行われた。生まれたばかりの時からいっさい言葉をかけずに子供を育てるとどうなるか。孤児院で行われたこの実験では子供との会話以外に栄養や生活状態はまったく問題ないようにした。それでも言葉のない子供たちは、例外なく12~14歳くらいで死んでしまった。
子供だけでなく成人してからでも会話を無くすと障害がおこる。パピヨンという映画で有名になったが、フランスには一切会話のゆるされない刑務所があった。看守は靴音さえたてないように靴底にフェルトを張りつけ、囚人が独り言を言うことさえ禁じる。こういうところで何年も過ごすと、刑期を終えて出所しても、ほとんどの人が精神に障害をきたしてしまう。これほど会話は人にとって重要なものだ。不幸にして耳がきこえなかったり、言葉が喋れなくとも人とはいろんな方法で会話することができる。でも本当に他人から無視され孤独になってしまうと、人は大変弱いものだ。
毒をもった言葉というのも恐ろしい力をもっている。そんな話をしよう。あるご夫婦がいた。ご主人が病院で検査を受けたら癌におかされ命いくばくもないとわかった。昔、医者は本人への告知をしなかった。だから奥さんを呼んで、ご主人は癌ですよと告知した。見かけは仲のよいご夫婦だったが、奥さんは何十年もご主人に対する復讐の機会を待っていた。告知を聞いた途端にご主人のところに行って、毒を含んだ言葉で癌であることを告げた。するとご主人の容体が急激に悪化してあっというまに死んでしまった。
催眠術
言葉の怖さは催眠術をみてもわかる。催眠術をかけられて自分の意志とは正反対のことをいわれるままにやってしまう。催眠術は面白い、そう思って私は催眠術を習いにいった。ちゃんとした催眠術の研究会を紹介してもらった。催眠術の研究者に医者は少ないらしく、自己紹介が終わったとたんに新入りの私に催眠をかけたいらしく、腕自慢が催眠をかけに交代でやってきた。残念ながらとうとう私は催眠術にはかからなかった。なんだ催眠はそんなものだと思って習うのをやめてしまった。だが本当に上手な人はこわいという。学問的な研究会ではなく、民間のどちらかと言うとうさんくさいようなところに勉強にいった人はつぎのようなを話してくれた。
習いにいったその日、講習に来た一人を選んで先生が催眠をかけた。「次の日、この人は全員に昼ご飯をおごるよ」と。すると次の日、本当にその人が全員にごちそうしてくれたという。講習に参加した知人は、おごってくれた人をずーと観察していたが少しも催眠をかけられたという感じをもっていなかったという。だから自分が勉強会に一人で参加しているのが急にこわくなったという。催眠術も秘伝の部分があり、学問的に催眠術を研究しているようなところでは、そんな技術を持ち合わせていないのだろうと思った。
会話は楽しい
こわい話ばかりしてきたが、会話の中で自分の知らないことや面白い体験談などを聞くことはとても楽しい。こういったこと以外にも会話の楽しさがあるようだ。たとえば嫌なことがあった時、人に話を聞いてもらうだけですっきりした気分になる。また自慢話を人に聞いてもらうのも嬉しい。「勉強が一番になった。」「営業成績がよかった。」こんな話をして「すごいなあ。」といってもらえると、とても幸せな気分になる。「悲しみは多くの人と分け合うことで悲しみが小さくなり、喜びは多くの人と分け合うことでより大きくなる」と言う。人は孤独な存在であるがゆえに言葉で幸せになるのだろう。
日本人は言葉をことだま言霊といって大事にしてきた。言葉の中には、その音の意味する以上の何かがこもっている。ふと耳にした言葉が自分の境遇をまったく変えてしまうこともある。言葉には何か特別な精神が含まれているから人は言葉なしには生きていくこができないのだ。
言葉は薬にもなるし毒にもなる。日常気軽に使っている言葉をそんな気持で見直してみたい。
- 第26回「会話がないと子供は早死にする」
- 1998年01月23日
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