第1回「足のむくみ 」
チリで行われた拷問
床にチョークで直径30センチくらいの円を書いて中に人を立たせる。その円から少しでも出ようものなら棍棒でなぐりつける。こうして人を長い時間にわたって立たせていると、1~2日ほどで足が膨れあがって歩けなくなる。
心臓から送り出された血液は太ももの動脈を通って足先まで流れていく。そこで毛細血管になり静脈を通って再び心臓に返っていく。いったん足先まで流れていくと、こんどは重力に逆らって心臓まで返らなければならない。だが足は心臓のように拍動によって血を送り出すことができない。ではどうやって心臓に返っていくのだろうか。
じつは静脈には血が逆流しないように弁がついて、運動によって足の筋肉が収縮や弛緩を繰り返すと、静脈内の血液が筋肉に圧迫されて少しずつ心臓にむかって流れていく。足が第二の心臓であるといわれるのはこんな意味からなのだが、いずれにせよ、ただじっと立っているだけでは血液は流れない。
この起立を強制する方法は、チリの軍事政権下で実際におこなわれていた拷問だ。拷問の効果は抜群だったという。
同じ姿勢を強いる仕事
最近、足のむくみを訴える人が増えてきた。若い女性に多い。
朝、靴を上履きにはきかえて仕事をする。会社が終わって、いざヒールに履きかえようとすると、足がむくんで靴がはけない。向こう脛を押すとへこみができる。
なぜこんな人が増えてきたのだろう。拷問の話から想像するとすぐにわかるはずだ。じっと座ったり、立っている人が多いためだ。
つまり、むくみの原因は仕事の変化にある。
朝から晩までコンピューターに向かっていたり、売り場でじっと立っていたりすると、血液は体の一番低い足にたまる。血液が流れないので血液中の水分は静脈から漏れだして皮下にたまる。この水分が浮腫をおこす。
むくみは運動によって全身に張り巡らされているリンパ管によって集められ、太いリンパ管を通って胸部の大静脈にそそぐ。リンパ管も静脈と同じように弁がついていて、流れが逆流しないようになっている。だから運動すれば浮腫は消えていく。
こんな浮腫は昔ながらの肉体労働ではみられなかった現象だ。
むくみを強める原因
足の運動不足以外にもむくみを強めるものがある。
それは水分のとりすぎ。最近は喉の乾きをいやすために水分を取るだけでなく、コーヒー、ビール、ジュースといった嗜好品としても水分を飲むことが多い。つまり体に必要な分以上の水分が摂取されている。
体内の余分な水は、尿や汗として体から出されるが、取り過ぎるため排泄が追いつかない。エアコンの行き届いた現在では汗をかくことも少ないし、労働で汗をかくことも減ってきた。つまり生活環境の変化がむくみをおこしやすい状況になってきている。
女性にむくむ人が多いのは、筋肉が男性に比べて柔らかいためと考えられる。
むくみと病気
心臓が弱るとポンプ作用が落ちて体がむくむようになる。肝臓が悪くなって血清蛋白が作られなくなると浸透圧の関係からむくみがおこる。さらに腎臓からこの血清蛋白が大量に尿にもれでてしまっても浮腫がおこる。
つまりこの心、腎、肝の3つの臓器の病気が浮腫をおこす一番の原因だった。
ところが現在では生活習慣が原因でむくみをおこす人が圧倒的に多い。
むくみがひどくなるとシビレがおこってくる。体を動かすのがおっくうになり、体が重たく感じられる。舌を診ると、舌の縁のところに歯圧痕というギザギサがみられる。ひどい人はマブタまではれる。むくみからこむら返りが頻繁におこることもある。
ここまでくると体中に水があふれかえって洪水をおこしている状態といえる。
人を逆さ吊りにすると?
余談だが、もし人間を立たせておくのではなく、逆さ吊りにしておくと、どうなるのだろう。
血液が脳にたまり、脳浮腫をおこしてすぐに死んでしまう。こめかみの静脈を切って、少しずつ血がしたたるようにしておけば、長く苦しんで死ぬことになる。その昔、日本のキリスト教徒を弾圧するためこの方法が用いられた。
立たせたり逆さ吊りにしたりと、人は不思議なほど残酷な方法を思いつくものだと驚いてしまうが、どちらの方法も大変な苦痛を人に与える。
では寝ていれば大丈夫かというとそうでもない。元気な若者でも半年も寝かしておくと、足の筋肉が弱って歩くことができなくなる。人間に同じ姿勢を続けさせておくと病気になってしまうのだ。
私の感想
一年に一度、伊勢志摩のホテルに泊りに行く。そのホテルから歩いて五分くらいのところに水族館がある。ホテルに泊ると必ず水族館にも行く。水族館の中に回遊魚の水槽がありドーナツ型に作られた水槽の中を魚たちがぐるぐる泳ぎ回っている。水槽の説明を読むと、回遊魚は夜の間も泳ぎ続けていないと死んでしまうと書いてある。じっとしていると呼吸ができなくなるらしい。なんと弱い魚なのだろうと思う。
でも人間だって起立したり、逆さまにしただけで死んだり、傷ついたりしてしまう。人間も本当に弱い生き物だと思う。
- 第1回「足のむくみ 」
- 1995年12月22日
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