第185回「原発性抗リン脂質抗体症候群(APS)の患者さんが無事に出産した」
原発性抗リン脂質抗体症候群 (APS)は、血中に抗リン脂質抗体とよばれる自己抗体が存在する自己免疫疾患で、様々な部位の静脈血栓症、習慣性流産などの妊娠合併症を引き起こす病気だ。難病に指定されている。
この病気の詳細は文末に公益財団法人 難病医学研究財団/難病情報センターのホームページからの引用を載せているので、それをお読みいただくとして症例の説明をしよう。
患者さんは29歳、女性
原発性抗リン脂質抗体症候群のため2回の流産を経験している。3度目の妊娠を前に漢方の治療が出来ないか来院した。凝固を防ぐためにバッファリン、それにメドロール錠(ステロイド)さらにクロミッドを処方されていた。
安胎のためにどんな処方を選ぶべきか?
漢方の古典には不妊治療に使う薬が幾つか載ってはいるが、原発性抗リン脂質抗体症候群に効果のある薬など書いていない。
多くの患者さんが誤解しているのは、漢方の古典をよく読めば効く処方が載っていると思っていることだ。私は不妊症の治療はしたことがあるが、原発性抗リン脂質抗体症候群と診断された患者さんを診るのは初めてだった。
西洋医学の血液を固まらないようにする薬を投与することで7割の人が出産できるが、この患者さんの場合は流産を2回経験している。
患者さんを診察する時、体力中程度とか陰虚であるとか漢方の理論を持ち出して診察する先生が多いが、私はそういった迷信的な診察を行わない。
まず考えたのは、この病気を自己免疫疾患として治療するのか、それとも習慣性流産も含めて不妊に使ってきた薬を使用するかどうかだった。
一般的に不妊に用いられるのは、桂枝茯苓丸、当帰芍薬散、温経湯といったところだが、こういった薬が不妊に効くとは思えない。桂枝茯苓丸は元々腹の中に塊があり、出血が止まらない患者さんに使われた薬だし、当帰芍薬散は妊婦の腹痛に使われた薬だからだ。
安胎には益母草、香附子、烏薬といった薬がよい。当帰、芍薬、川芎もいいだろう。自己免疫疾患には乾地黄を含む抗炎症作用の薬がいる。
漢方には瘀血(おけつ)という考え方があり、生理的に不要な血液が体内にあるとするもので、こういう状態を治す蘇木、牡丹皮などは血栓を防ぐのによさそうだ。
そういったことから、四物湯に加減して安胎と自己免疫疾患に効きそうな処方を作り上げて患者さんに投与した。
投与して2週間目くらいから体が温まると患者さんからの連絡がはいった。その後、3カ月ほどして妊娠した。
経過は順調であったが、妊娠16週あたりで、患者さんを診ている病院から連絡があった。紹介の所に「妊娠4ヶ月 子宮内胎児死亡 既往」と題する問い合わせの文章が送られてきて、使用している漢方薬はどんなものかと尋ねてきた。
また流産してしまったのかと大慌てで患者さんに連絡すると、順調に経過しているという。
結局、西洋医学の主治医はどんな薬か知りたくてこういう表題をつけたのだろう。
私の処方に名前はない。葛根湯のように名前のある処方もあるが、生薬を一つ一つ組み立てて作る私の処方に名前をつけることはできない。生薬を並べ立てたところで素養のない先生には理解できない。
その後、順調に経過して無事出産した。
漢方では悪露が上手く出ないと産後の肥立ちが悪く、精神疾患や免疫疾患を起こすと言われているので、それを予防する薬を1週間投与して治療は終わった。
原発性抗リン脂質抗体症候群(指定難病48)
1.「原発性抗リン脂質抗体症候群」とはどのような病気ですか
抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome, APS)は血中に抗リン脂質抗体とよばれる自己抗体が存在し、さまざまな部位の動脈血栓症や静脈血栓症、習慣流産などの妊娠合併症をきたす疾患です。APS患者さんの約半数が全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus, SLE)などの膠原病に合併し、そのような基礎疾患をもつ場合は二次性APSとよばれますが、基礎疾患を持たない患者さんも約半数おり原発性APSとよばれます。
(中略)
6.この病気ではどのような症状がおきますか
APSでは様々な部位の動脈血栓症や静脈血栓症、習慣流産などの妊娠合併症がおこります。動脈血栓症としては、脳梗塞や一過性脳虚血発作が多くみられます。閉塞する脳血管の部位により様々な症状をきたします。脳梗塞に比較して心筋梗塞の頻度は少ないとされています。末梢動脈の閉塞による皮膚潰瘍や網膜の動脈の血栓症による視野障害や失明が起こることもあります。静脈血栓症としては、下肢の深部静脈血栓症が多く、下肢の腫脹や疼痛がみられます。下肢の静脈にできた血栓が肺に飛んで肺血栓塞栓症をきたし、胸痛や呼吸困難などをきたし時に命にかかわることもあります。妊娠合併症としては、習慣流産、子宮内胎児発育遅延、妊娠高血圧症候群などがあります。
動静脈血栓症や妊娠合併症以外に、心臓の弁の異常(弁膜症)、四肢にみられる網目状の皮疹(網状皮斑)、血小板減少、腎障害、神経症状などがみられることがあり、抗リン脂質抗体関連症状とよばれています。
また、まれですが多臓器の血栓症、臓器障害をきたし、急激な経過をとり致死率の高い劇症型APSという病型もあります。
- 第185回「原発性抗リン脂質抗体症候群(APS)の患者さんが無事に出産した」
- 2018年02月20日
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