第127回「ツムラ漢方」
今から50年ほど前、漢方を使える先生は日本中で100人ほどしかなく、漢方治療とは漢方薬の効果を知っているわずかな患者さんが、そのわずかな先生の下を訪ねて煎じ薬をのむという、いわばマニアックな治療であった。
だがそういった治療を一般の人に馴染みあるものにしたのがツムラだ。もしツムラという漢方メーカーがなかったら、ここまで漢方が我々の馴染のある薬として日本中に広がらなかっただろう。
もともとツムラは津村順天堂という会社で、婦人病の薬である「中将湯」を発売していたが、漢方から派生して作られた入浴剤のバスクリンが大変ヒットして有名になった。このヒットでツムラは潤沢な資金を得ることができ、他の漢方メーカーと違った経営が出来るようになったのではないかと思う。
エキス漢方を保険適応させる
1957年、大阪にあるコタロー漢方製薬という小さな漢方メーカーが世界で初めて漢方エキスを発売した。漢方エキスは現在広く飲まれている保険漢方薬の元になるもので、煎じる手間がなく、いつでも飲める大変優れた薬であった。
このエキス漢方薬をツムラも作り、それを保険適応するために尽力した。
その努力の甲斐あって、漢方薬は効能試験も副作用試験も免除されて保険適応された。
もし様々な生薬の組み合わせである漢方処方にこういった試験を求められたら、永遠に保険薬として認められなかっただろう。そして、もし保険に適応されなければ、ここまでの漢方薬の発展はなかったに違いない。
これはツムラの努力によるところが大きく、ツムラの150種あまりの薬が保険に適用されている。
こういったツムラの動きに追随して他の漢方メーカーも保険薬の適応を受けたが、ツムラほど多くの種類の保険漢方薬を持っているメーカーは他にない。
ツムラによる医者の教育
保険で漢方薬が使えるようになっても、その当時、医者は漢方の使い方を知らなかった。
何故なら大学での漢方教育は行われておらず、また漢方に造詣の深い先生も日本には100名ほどしかいなかったからだ。
ここでもツムラは漢方の知識普及のために様々な努力をする。
まず牛久にある自社の工場見学に医者を招待し、中国の中医学院に依頼して中医学院見学が出来る、中医学視察旅行を計画したのだ。
旅費は自腹だが、それまでは中国の漢方治療を直接見ることが出来なかったから多くの漢方医が参加した。
私も森雄才先生や伊藤良先生といった、中医学の大物の先生と一緒に参加させてもらった。
さらにツムライリュージョンを開催して名前の知名度を上げ、各地で漢方の勉強会を主催していった。
マーケティング戦略に秀でたツムラ
ツムラという会社を観察していると、とてもマーケティングに秀でた会社だという印象を受ける。ともすれば迷信的だと思われていた漢方薬の認知度を広げるために、漢方の勉強会では講師を依頼するのにも開業医ではなく、大病院の先生を選んで依頼し、また有名大学の医学部に多額の寄付をして寄付講座を作り、そこで漢方を処方してもらうようにしているようだ。
また漢方の薬は読むのが難しいので、例えば小柴胡湯(しょうさいことう)や茵蔯蒿湯(いんちんこうとう)といった漢方が分かりやすいように番号を振り当てて、その番号で薬を呼ぶようにしたのである。
こういった戦略がうまくいき、保険漢方薬83%のシェアを占めるまでになった。日本の漢方を独占し、盤石に思えるツムラだが悩みがないわけではない。
それは新しい漢方の保険薬を作ることが出来ないことだ。
すべての漢方薬は30年以上も前に発売されたままで、それ以降は新しい漢方薬は発売されていない。厚生労働省は急増する医療費を抑えるために、これ以上の漢方薬を保険に通すことを許していない。
それどころか、薬局向けの漢方薬があるという理由で、今までに2度も保険の漢方薬を保険から外そうとした経緯がある。
ツムラの今後の活躍に期待
何十年も前、漢方を専門にしていると言うと、「そんな迷信的なものを信じて。」と看護師に笑われたことがある。今は漢方医であると言っても笑われることはない。それは漢方を身近に広げてくれたツムラのお蔭なのかもしれない。
私はほとんどツムラの薬を使わないので、医者からツムラ嫌いと思われることがある。
私が他メーカーの保険漢方を使ってきたのは、薬価が低くて患者さんの負担が少ない事、また値引きをしてくれるので経営的に助かるからにすぎない。品質的には小メーカーでも問題ない。漢方は煎じた漢方薬を粉末にするという単純な工程で作られ、大がかりな資本がいるというわけではないからだ。使ってみた感じでも効果はほとんど変わらない。
最近はお医者さんの7割の人がツムラの漢方を使う時代なので、漢方を専門にしている私としては、自分で漢方の丸剤を作って使うことが多い。
だから、ますますツムラの漢方を使うことが無くなってしまった。
ただし、院外処方箋を出す時はツムラの漢方をよく使う。小メーカーの薬を処方するとそれが不良在庫になって調剤薬局さんを困らせないか心配だからだ。
医療業界では圧倒的なシェアを持つツムラだが、薬局向けの漢方のシェアは3%にしかすぎない。これからは薬局向けの特殊な漢方薬もどんどん作って欲しいと思う。
- 第127回「ツムラ漢方」
- 2013年06月20日
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