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夢の中の老人

第34話「医者になっても食っていけるか?」

医者が市電の運転手やドアボーイをしている

「1974年、俺が医学部に入ると、親父が俺を呼んで次のように言った。
『お前も知っていると思うが、イタリアやドイツでは医者になっても飯が食えずに市電の運転手やドアボーイをしている医者がいる。日本でもそういうことが起こらないとは言えない。私の計算では昭和70年までは医者は飯を食っていくことができる。理由は老人医療費の伸びがそのぐらいまで続くと思われるからだ。しかし、その後はどうなるかわからない。
お前は将来自分で食べていけるように考えておきなさい。』

父は、医者だが衛生行政にたずさわる役人で、医療統計の専門家として大学で医学生に衛生学を教えていた。当時のイタリアやドイツでは保険医に枠があり医者の資格があっても保険医の枠が空くまで順番を待たねばならず、そういう状況が起こっていた。」

私は週刊ダイヤモンドという雑誌に[20年後も医者が食っていけるか?]という記事を見て、夢の中の老人に「医者が食べていけなくなるなんて、ないですよね。」と聞いてみた。
すると友人の医者を紹介してくれた。その医者は白衣も着ずにジーンズ姿で現れた。

「世間の連中は医者が金持ちだと思っているが、とんでもない誤解だ。確かに昔の医者は金持ちだったが今は決して裕福とは言えない。その記事は俺も読んだがひどいものだった。」
そう話を続けた。

「医者は金持ちでは無いというのは本当ですか?」

昔、医者は金持ちだった

「今から50年ほど前、国民皆保険ではなかった。医者は自費で診療していて、手続きの面倒な保険診療を嫌った。政府は保険診療を定着させるために保険診療の売り上げに関して特別な優遇税制を提案した。それは保険診療に限って売り上げの経費を一律に72% 認めるというものであった。

具体的に説明してみよう。保険診療の売り上げが1億あったとしよう。そのうち72% を実際の経費とは関係なしに一律経費として認めるというものだ。実際の経費はおおよそ50% 位だから差し引き22%、つまり2200万円は税金なしで手取りとなる。残りの28%、つまり2800万円には税金がかかる。所得税はおよそ4割位だから、合計3800万が手取りだ。この優遇税制のおかげで、開業医はとんでもなく金持ちになったわけだ。」

約50年前の医者の優遇税制

「では、勤務医の収入はどうだったんですか?」

「自費診療の時代、お医者さんに診てもらったり、手術をしてもらったら、いくばくかのお礼を持っていくことが常識だった。大学の教授に手術をしてもらったら、10万から20万もっていくのは普通だった。ある内科医から聞いた話だが、その医者が癌を見つけ、大学の外科教授に紹介した。患者は手術をしてもらったお礼に500万円持っていったと、自慢していたという。
内科の先生でも3万から5万円の心付けをもらう事は普通だった。そういった目には見えないお金が結構入ってきた。さらに製薬会社からの研究費の一部を自分の経費として使うことは禁止されていなかったので、それらを合計すると結構な金額になった。保険診療が大半を占めるようになっても悪しき習慣はしばらくの間続いていた。」

「なるほど確かに金持ちになりますね。でも何やら汚い世界ですね。」

「昔と今とでは常識が変わってしまったから汚い世界に見えるかもしれないが、昔はそういうのが常識だった。大蔵省でもノーパンしゃぶしゃぶの時代だからね。いずれにせよ医師優遇税制はなくなり、医師への心付けを禁止している病院がほとんどだから、医者の収入は本当に自分の稼ぎだけになってしまった。」

上場企業のサラリーマンより見劣りする収入

「でも医者の収入が多いとネットの記事の中には書かれています。」

「収入が多いか少ないかは何を基準にするかによる。医学部に入れるほどの学力があれば、難なく難関大学に入学できるだろう。そういうことであれば一部上場企業のエリートサラリーマンの給料と比較してみなければならない。
単純にエリートサラリーマンと比較しても医者の給料は少ないのだが、医者の修業期間は長いから働く時間がどうしても短くなる。医学部を出て2年間初期研修をし、さらに5年から6年の後期研修をする。その間は十分な給料をもらうことができない。年齢は順調にいっても32、33歳になっており、67歳まで働けるとしても一般のサラリーマンより10年近く働く時間は短くなる。さらに医者は退職金をほとんどもらえない。研修で様々な病院を転職して渡り歩いていくからだ。」

「なるほど。でも定年はないのでしょ。働こうと思えばいつまでも働けるのではないですか?」

「確かに医者としての定年はない。定年になった後、どこかの病院で週2回ほど外来を担当しているお医者さんが多い。また老人病院で働いている医者もいるが、給料は決して良くない。エリートサラリーマンが定年後に子会社の重役などに天下るのに比べて、ほんの少ない給料しか貰えない。」

社会主義経済と自由主義経済

「自由主義経済の下では個人が自由な発想と努力で富を稼いでいく。一方社会主義経済では、富を民主的に分配するため生産手段を社会の共通とする制度だ。日本は自由主義経済であるが、医療は社会主義経済だ。だから医者は努力しても富を稼いでいくことができない。わかるかな? 」

「わかりません。どういうことですか?」

「日本は自由主義経済の国だが、唯一医療費は国が決めている社会主義経済だ。日本中が自由主義経済だから、医療のことも自由主義経済だと誤解している人が多い。
わかりやすい例を挙げてみよう。天皇陛下を手術された天野教授は類稀な技術を持っていると言えるが、その治療費は技術のない若い心臓外科医と同じだ。初診料や再診料も年齢や経験には関係なく同じ、これが社会主義経済と言うものだ。」

「確かに。言われてみれば研修医も大学教授もその診察料は同じですね。」

「このことを誤解している人が多い。よく経済学者が、お医者様は医療には詳しいですが、経済には疎くて経営を上手に出来ない。だから経営は経済の専門家に頼んだほうがいい。そんなこと言う。馬鹿としか言いようがない。社会経済の下ではすべての価格が統制されていて、自由経済の発想で経営の合理化をできるわけがない。」

「でも開業医の先生でずいぶん稼いでいる先生もいれば、反対に全然稼げていない先生もいるじゃないですか? こういうのを見ると、自由主義経済に見えますよね。」

「確かに稼いでいる先生もいる。でもその先生のほとんどが競争相手のいない田舎で稼いでいる。たくさんの患者さんを診ることでしか収益を上げることが出来ないのだ。」

東大生の幻想

「東大を卒業した医者の3割が医者にはならず、自分が卒業した塾の先生になるという話を聞きました。これは自分の才能を生かせない社会主義経済に失望してしまうからなのでしょうか?」

「多分そうなのだと思う。日本で1番難しい大学を目指して勉強し、自分の優秀さを証明したいと思って受験してくる。
受験する多くの人が医者にも医学にも興味がないようだが、大学に入ってみたら医学の世界は社会主義経済だということに初めて気がついて失望してしまう。頭が良くてもなかなか工夫もできない世界だから、頭がいいと思っている人にとってこれほどつまらないことはない。受験するからにはもう少し医学界のことを調べてから受験しないといけない。何も知らないで受験すると言う事は、決して頭の良いことでは無い。

医学はやはり自分の創意工夫が活かせる自由主義経済の中でこそ色彩を放つものだと思う。以前から社会主義経済の色彩が強いヨーロッパでの医学に興味を持つ人が少なく、アメリカ医学のような自由主義経済下での医学の方が進んでいて、また魅力的である。」

医者の将来

「なるほど。そこで最初の質問なのですが、医者はこれからも飯を食っていくことができるのですか?」

「無論、食べていくことはできる。でももっと医療の社会主義経済化が進むから、とてもつまらなく収益の少ない仕事になっていくだろう。さらにずいぶんと介護的な仕事が増え、本来の医者のダイナミックな仕事は減少していくに違いない。」

「医療の社会主義経済化が進むってどういうことなのですか?」

「医療費は保険料として個人から徴収されるだけでなく、それだけでは足りず税金も投入されている。こういう公的なお金の使い方に関しては効率的な運用が求められる。
人口が老齢化し、医療費が天井知らずに増大していく中で、医療費を抑えるため医者の給与も抑えていかざるを得なくなってくるだろう。2025年になると、団塊の世代がすべて後期高齢者になる。丁度その頃になると医者が余ってくると考えられている。」

「なるほど。医者が増えれば給料が下がりますよね。でも介護的な仕事ってどういう意味ですか?」

「例えば癌の患者さんがいたとしよう。
化学療法、手術、放射線治療といった治療を組み合わせてどういう風に患者さんを治していこうかと医者は一生懸命考える。これが本来の医者の仕事だ。
高齢の患者さんで痴呆がある場合、癌があっても積極的な治療は望ましくない。何もしないということが患者さんにとっていちばん良い方法であることが多い。そうなると医者は何か症状が出たときに対症療法だけをすることになる。これが介護的な医療と言う意味だ。

医療の社会主義経済化が世界中で進行している。アメリカではオバマケアと言われる医療保険改革が行われ、国民皆保険に一歩一歩近づいている。中国では、健康保険を持っていたのは公務員だけだったが、今では一般国民が健康保険に加入するようになってきた。医療費の増大を恐れた中国政府は、漢方薬を何種類か保険で出せるようにして、医療費を抑えられるかの実験を始めた。
政府が細くお金の使い道を決めていけば、医者の工夫の余地はなくなってしまう。医師国家試験を受けると言う事は、公務員試験を受けるようなものだと考えていたほうがいいのかもしれない。」

自由主義経済下の医者というのは、どんな生活をしていたのだろう?

医師国家試験がなく、誰でもが医者になれ、しかも医者の診察料が自由に決められた幕末の医者、杉田玄白を例に見てみよう。

杉田玄白は解体新書を書いた人物として日本史にその名を残している。小浜藩の藩医であり、町医でもあった。藩医と開業医をかねている事は現代の感覚では理解しにくいが、弁護士が官庁の顧問弁護士をしているようなものだと思えばいい。

彼は蘭学医として内臓について大変興味を持っていたが、当時の倫理観では人を解剖すると言う事は決して許されないことであり、幕府のお咎めを受ける可能性があった。彼はオランダ語で書かれたターヘル・アナトミアという解剖学の本を手に入れ、密かに腑分けに立ち会った。そこでオランダの解剖学の正確さに大変驚き、その翻訳を試みるのであるが、辞書もない時代、大変な苦労をして翻訳を成し遂げた。

杉田玄白彼の町医としての腕はいかがなものだったのだろう?じつは大変腕がよかったようだ。
腕を推測するにはどのくらい稼いでいたかということを調べるほかないのだが、江戸時代、作家として唯一原稿だけで生活できた滝沢馬琴の年収が35両の時、彼の年収は多い時で400両から600両もあった。(医師の歴史、布施晶一著、中公新書)

藩医という公職を務めながら学者として功績を上げ、さらに開業医として多くの患者さんを治療してきた。やはり人の才能は自由主義経済の中で輝くものである。

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