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漢方医

第10回「本物の気功師」

気功 ( きこう )

気功という言葉は古くからある言葉ではない。戦後に中国で作られた言葉だ。もともと気で病気を治すというのは、[自分の大切な元気を他人に分けてあげる]という宗教的行為で、道教と密教の中で行われてきた。中国が共産化した後、政府は宗教を禁じたが、気で病気を治す手法が失われるのを惜しんで、気功という言葉が作られた。つまり、宗教は禁じたが、で治療することは許可したのだ。中国では本当に病気を治す気功師が存在するのだろうか。陶先生によると30歳半ばの男性の気功師に出会ったことがあるという。女性を2人連れていて、気功師は女性から時々気をもらっている。腕のいい気功師らしく、中国政府の要人が彼を中南海(中国の要人の住んでいる場所)に幽閉してしまった。その要人が自分専用の気功師として使うためだ。

気功をどう学べばいいのだろう。どうすれば気を感じることができるのだろう。まず、私は合道に入門してみた。入門した流派は気を感じることをとても重視していた。稽古が始まると、師範が木刀を持ってあらわれた。木刀を私に渡し、「上段に振りかぶったままじっとしていろ」という。私の腕は10分もしないうちに震えだした。すると、師範が「木刀の切っ先から永遠の彼方まで自分の気が伸びているとイメージしなさい、そうすれば長い時間、上段に振りかぶっていることができる。30分はできるはずだ」という。だが当直明けで寝ていなかった私は20分が過ぎたとき、気分が悪くなって、その場にへたり込んでしまった。合気道を武道として学ぶのはいいが、気を感じるために学んでも理解できそうもなかった。

次に出会ったのは中国人の気功師だ。有名な気功師だが天安門事件の後に日本に移り住んだ。彼が教えるのは内気功といって気を強める体操のようなものだった。気功体操で印象に残ったのは、睾丸を上げ下げする運動だ。睾丸には 精巣挙筋 ( せいそうきょきん ) という腹筋の一部がついている。これが睾丸を上げたり下げたりする。この筋肉を鍛えることで、精力がつき、元気になるという。積極的にトレーニングしたい人は睾丸にオモリをくくりつけ負荷をかけて睾丸をもち上げるトレーニングをする。私も300gの塩の袋にヒモをつけてトレーニングしてみた。300gでも結構な重さがある。
「あなた、どうして風呂場に塩の袋が置いてあるの?」と妻が聞く。「塩で体を洗っている。悪いけど触らないでほしい。」
300gができるようになると、次第に重くしていき、2キロくらいは持ち上げることができるようになった。台湾では100キロを持ち上げる人がいる。半年以上、1日もかかさず努力したが、突然、馬鹿らしくなって止めてしまった。

当時、西野バレエ団の西野氏がテレビで、人を触らずに投げ飛ばすシーンが繰り返し放送されていた。気を使って人を投げ飛ばしたり、病気を治したりするのを外気功という。西野氏によれば呼吸法で気を出すことが出来るようになるという。偶然にも西野流呼吸法を叔母が学んでいたので、西野流呼吸法の実力者を紹介してもらって出かけていった。気を鍛錬する組み手のような動作も教えてもらったが、気を感じることはできなかった。

いろいろと努力しても気を感じることはできない。つまらなくなった私はひと休みをして、馴染みの鮨屋に鮨を食べにいった。鮨屋の親父は合気道の有段者なので、西野流呼吸法の話をしてみた。すると、「人に触らずに投げることなど絶対できない」という。
私は「空気投げ(人に触らずに投げること)は気ではなく、一種の催眠術ではないか」と聞いてみた。親父は「確かに催眠術かもしれない。催眠術は一般に思われている以上に怖い」という。以前、鮨屋の親父は催眠術を習いにいった。教師は怪しげな一般人の催眠術師だった。目つきが鋭く、怖い顔つきをしていた。講習会の初日、講習を受けに来ている6人の中から1人を選び出し、「明日、お前は全員に昼ごはんをおごる」と暗示をかけた。するとどうだろう。翌日の昼になると、突然その人が浮かれ出し、全員に昼ごはんをおごった。催眠をかけられた人は3日間の講習が終わるまで催眠をかけられたことにさえ気づいていない様子だった。鮨屋の親父は自分が催眠をかけられても分からないだろうと怖くなった。「もしかすると、空気投げは師匠が弟子に催眠術をかけているのかもしれない」と親父は言う。
私も催眠術を習いに行った。学問的に催眠術研究をしている団体の講習会だった。医者が催眠術を習いに来たのが面白いらしく、まず私に催眠術をかけることになった。しかし、催眠がかからない。腕自慢が何人も交代で出てきたが、結局、催眠にはかからなかった。すると、催眠術にかからないのは、私の人格が悪いということになった。催眠術も漢方同様に秘伝のやり方があり、本当に強力な催眠術は秘密裏に伝承されているのだろう。

空手八段の気功師がいるという噂を聞いた。会ってみるとカイゼル髭をはやした風変わりな人物だった。その空手家は弟子を8人ばかり車座に座らせ、自分が円の中心に立って気を送りながら弟子を一人一人倒していく演舞を見せてくれた。私には弟子が気をつかって倒れる真似をしているのではないかと思えた。夜遅くなったので、空手家は夕食を食べに行こうと誘ってくれた。古びたベンツに乗って大阪の北新地に向かった。空手家は北新地の飲み屋街をクラクション鳴らして人を蹴散らすように走る。パンチパーマのヤクザでも平気だ。もし因縁をつけられたら、車を降りてヤクザと格闘したいのだろう。残念ながらこの空手家からも気を学ぶことはできなかった。

本物の気功師

全国の霊場や健康祈願の神社の周辺には、超能力者や気功師、占い師といった人たちが、お参りにくる人たちをつかまえようと待ち構えている。それはあたかも神社仏閣に巣をはって獲物を待ち構えるクモようだ。私は東大阪の石切神社の近くに住む女郎グモのような坊主と知り合った。墨染めの衣をまとい、頭を丸め、長い髭を生やしていたが、本当の僧侶かどうかさえ怪しかった。坊主の主催する講習会に出席し、10万円を払えば気を出して病気を治す方法を教えてくれる。10万円はその坊主の宗教法人を作るために使われるのだという。

あまりに怪しげだが、ともかく講習会に出席してみた。坊主が口を開いた。「皆さんは火事場の馬鹿力という話を聞いたことがあるでしょう。火事になって家財道具を運び出す時、自分でも信じられないくらい重い物、たとえばタンスを丸ごと 一竿 ( ひとさお ) 担いで逃げた。火災が鎮火した後、そのタンスを動かそうとしても、びくともしなかったといった話を聞いたことがあるはずです。」そこまで話すと 勿体 ( もったい ) をつけるように、ひと呼吸おいて話を続けた。

「気とは私たちの体の中を流れている血液のような物です。命に関わるような緊急事態になると、気が一度に放出されて自分でも信じられないくらいの力が出るのです。でも火事場のクソ力のような大量の気をいつも出し続けていると、すぐに死んでしまいます。そこで普段は気が体の外に漏れないように、しっかりと鍵が掛けられているのです。気功とは自分の意志でこの鍵をはずしたり掛けたりする技なのです。この技術さえ学べば誰でもすぐに気を出せるようになります。つまり、私がこのやり方を皆さんに教えすれば、すぐに気功師になれるわけです。ただし、気を使うのは簡単ですが、気を貯めていくのは大変です。貯金と同じですね。」
なにやら妙に説得力ある話だ。怪しげな坊主は私が想像していたより、はるかにまともだ。

「それではどうして気を貯めたらいいのでしょう?まず頑強な体をつくることです。健康であれば、気のレベルも高くなります。つぎに積極的に気を貯める方法もお教えしましょう。2つの方法があります。一つは大自然の中で自然の気を取り込むことです。自然の気は何処の場所でも同じではありません。自然の中でも良質の気が地下から噴出しているところに行きましょう。気のいい場所には神社仏閣が建っていることが多いようです。そこで清々しい気持ちになればそれだけでも効果があります。気功師なら自然の気を浴びながら座禅をします。そして呼吸法を始めます。腹式呼吸法で、できるだけ長く息を吐き、また吸うのです。呼吸が整うと 小周天 ( しょうしゅうてん ) をします。小周天とは自分の意識を 丹田 ( たんでん ) (ヘソの下)にもっていき、この意識(ボールのようなものを想像してもらうといいでしょう)をゆっくり体の中でまわしていきます。そうすれば気が強くなります。その後、頭頂部から自然の気を取り込みます。これを大周天といいます。これが自然の気を取り込む方法です。」ここまで話すと、坊主は何故かニンマリと笑った。
「もう一つの方法は人から気を取る方法です。電車に乗ると、考え事をするでもなく、ボーと外を見ている人がいますね。そういう無防備の人からは気を取ることが出来ます。でも一番効率よく人から気を取ることが出来るのは 房中術 ( ぼうちゅうじゅつ ) です。セックスのとき女性から気を抜き取る方法です。女性がクライマックスに達したときに気を抜き取るのです。」

人から気を抜き取るとは何とデンジャラスな言葉だろう。ふと、私は陶先生が言っていた気功師のことを思い出した。その気功師は女性を2人連れていた。陶先生が「気を使うためには女性が必要らしい」と言っていたのを思い出したのだ。房中術は実在する手技なのだろう。

話が面白いので、しばらく講習会に通うことにした。講習会の後は、その坊主と食事をしながらの懇談会がある。その会である人物と知り合った。その人は大手電機メーカーの特許部長だった。「私は特許の仕事をしているが、もともと電気屋です。電気って目に見えないでしょ。だから目に見えない不思議なものでも信じることができるのです。私の妻は病弱で入退院を繰り返すのですが、病院に入院するより奈良県の 高天彦 ( たかまひこ ) 神社に行くほうが元気になる。その神社には霊気が溢れている」という。なるほどそこが自然の気が地下から噴出しているところなのだと思った。

夏の暑い日、家族で 高天彦 ( たかまひこ ) 神社に行くことにした。目印の 高鴨( たかがも ) 神社を通り過ぎると急な上り坂になる。30分ばかり歩いたがいっこうに神社は見えてこない。4歳になったばかりの娘が暑さのために歩けなくなった。あきらめて帰ろうとしていると、一台の軽自動車がそばに止まった。

運転していたオバさんが、「何処に行くのですか?」と声をかけた。「高天彦神社です」というと、「まだ結構距離があるから、乗っていきなさい」と言ってくれた。オバさんは途中の売店でアイスキャンディまで買って食べさせてくれたから、家族全員が生き返った。高天彦神社は想像していたより小さな神社だった。だが車を降りて近づくと、神社には 清々 ( すがすが ) しい霊気が満ち溢れているのを感じた。

高天彦神社

高天彦神社

高天彦神社
社 ( やしろ ) の後ろには 鬱蒼 ( うっそう ) とした木々で覆われた山が迫っている。
ご神体は後ろの山そのものだから、本殿はない。
写真では残念ながら満ち溢れる霊気を感じることが出来ない。

私は10万円を払って気功師の直伝講習を受けることにした。直伝講習に参加すると、私以外にも医者が来ていた。その医者は阿久根さんというテレビでも紹介される有名な気功師から気の出し方を学んで治療をしていた。何故、気を出せる人が直伝講習を受けに来ているのだろう。その医者に向かって坊主が話かけた。
「君、今のような気の出し方で治療をしていると、もうすぐ君は死ぬよ。」
「私もそう思います」と答えた。その医者は死人のような生気のない顔をしていた。
「今から私が正しい気の出し方を教えるからその通りにしなさい。阿久根さんの気の出し方は間違っている。私の気の出し方を学べば今のようにひどく消耗することはない。中国の気功師が1日3人しか患者を治療しないのは、自分を守るためだ。君も自分を守らなければならない」と言った。

直伝講習で気の出し方を習うと、実際に気を出せているかどうかの卒業試験がある。石を素手で割る、スプーン曲げ、それに百目ロウソクを20本ばかり束ねて火をつけ、その中に手のひらをしばらくかざすというものだ。3つの試験に合格すると、私は気を出せる確信をもてるようになった。腰痛の患者さんを治療しても触らずに痛みをとることが出来る。自分でも不思議だった。直伝講習後の飲み会で、坊主が酒の味を変える方法を教えてくれた。やってみると確かに変わる。アルコールが軽くなるように感じるのだ。

酒の味が変わるのは気の客観的証拠になると思った。本当に酒の味が変わるのか調べてみたい。そこで酒造会社の研究員に電話をして協力を依頼した。関脇酒造のワンカップ関脇のアルコール濃度が変わるか酒造会社の研究室でクロマトグラフィーを用いてテストした。私一人ではせっかく実験をするのにもったいないから空手8段の先生も呼んだ。ワンカップをテーブルに置いて気を送り、アルコール度が変わるか測定した。空手8段の先生のアルコール濃度は変化なかった。私のワンカップは有意差があるかないかの線上より少し内側で、残念ながら有意差なしの判定だった。ただし、利き酒をしてもらったら、「確かに味に変化がある」と研究員が言う。「これは水分子の集合体(クラスター)が小さくなったときに起こる現象だが、ここの装置では水のクラスターの大きさは測定できない」と言われた。

気功で患者さんを治療すると、確かに効果がある。だが、治らない場合ももちろんある。すべての人が治るわけではない。それは自分の気の出し方が弱いのか、患者さんが重症なのかよくわからない。
面白い話を聞いた。気功のできる俳優さんが癌の患者さんから病気を治して欲しいと頼まれた。「病気を治してくれたら自分の住んでいる豪邸をあげる」と言われた。その俳優さんは自分が死ぬか生きるかという瀬戸際まで気を出して治療した。体はボロボロになった。はたして癌が治った患者さんは前言を取り消して豪邸をくれなかった。

私は、人というのは体に触れずに病気を治してもらっても感謝しないのだろうと思う。自分の免疫力で自然に治ったと考えてもおかしくはない。だから気功で病気を治すのは経済的に引きあわない。気功はやはり宗教的な儀式の中で行われるのが似つかわしい。

もし、私が気を使って10人中5人の難病患者を気で治すことができたとしよう。私は宗教法人の教祖になる。そして治った人には、治ったのは信仰のおかげだから寄進をしなさいという。治らなかった人には信仰心が足りないから病気が治らない。もっと寄進をして信仰を高めなさいという。つまり新興宗教のマル秘テクニックに最適なのが気功なのだ。これを医療として行うと、治らなかった5人からどうして治らないのだと文句を言われてしまう。

こんな話をすると、宗教的な動機から無償で治療を行っている宗教団体に申し訳ない。命ほど大切な自分の気を人に分け与える行為は宗教的行為以外の何物でもないからだ。ただし、新興宗教の[病気を治す]といった勧誘には気をつけて欲しい。結局、寄進をさせられるだけに終わる場合が多い。

気を研究して私が得た結論は、気を出す方法は間違いなく存在し、さらに高度な気を出す方法や気を貯める方法もあるに違いないということだ。だが、私は気を出すテクニックを永遠に封印することに決めた。病気は医者として治す。気は漢方医学を理解するための道具であったと考えることにした。

その他の不思議な現象

釜鳴講座気功の勉強を広げていくと、超常現象を扱うサイ科学や、神道、真言密教いった宗教も登場する。
そういった中で、神道の釜鳴りについても勉強した。米を釜で炊くと笛のような大きな音がする。大きな音がすれば吉で、音が止まれば凶という。なぜ大きな音がするのか、凶の場合、何故鳴っていた音が急に消えるかは分かっていない。釜鳴りの不思議な現象は理解できたが、「気」については、何の知識も得られなかった。

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