第79回「靴」
私は子供のころ下駄を履いていた。小遣いをもらうとすぐに下駄を鳴らして駄菓子屋に出かけていったから、カランコロンさんとのあだ名をもらっていた。私の世代が下駄を履いていた最後だろう。小学校にはいるころから運動靴になった。私は足が大きく高校生の頃には27センチの靴を履いていた。でも実際はそれほど大きくはない。足の甲が高いのだ。幅広というより甲高のために合う靴がない。運動靴は布でできているから私の足にも合うのだが、革靴となると簡単に合う靴がない。
あるときデパートで合う靴を見つけた。海外ブランドを日本で作ったもので3万円ほどしたが、軽くて履きやすかった。靴のサイズは26・5センチで十分になった。あまりに履き心地がいいので親父にも同じ物をプレゼントした。その靴が駄目になったので新しい物を買いにいったが、もう取り扱っていないという。他のデパートを回ったがどこにも無かった。
そんなことがあってから靴を買うのに神経質になった。買っておかないと合う靴にめぐり会えないのではないか。そんな心配を抱くようになった。少しでも合う靴があればとりあえず買う。買ってから本当に合うか試すのだ。リーガル、モレスキー、グッチ、コールハーン、サンローラン、トッズなどいろいろ試したがどれも駄目。そもそもブランド靴はほとんど品物が日本にはない。靴が店に置いてあってもそれはショーウインドウの飾りでしかない。それほどにサイズがそろっていないのだ。
バリーの靴
グアムに旅行したとき、バリーの靴を見つけた。履き心地がいいと日本にもファンが多い。自分に合うサイズがあったのが嬉しくて2足買い求めた。8半でFサイズだった。サイズ表示は日本のようにEEEといった表示ではなく、FからGといくほど幅広になるとのことだった。日本に帰って履いてみると痛くはないのだが、何となく足が狭苦しい。少し慣らし履きをしていると足が痛くなってきた。痛みは靴を履いているときだけだったのに二日ほどして足の甲が腫れ上がって歩けなくなった。
甲高の私の足は天井の低い靴に押しつけられて中足骨の骨頭痛を起こしてしまったのだ。治りかけてはまた痛む、夜中に痛んだりと不思議な痛み方をして1ヵ月ほどで治った。初めは靴が原因かどうか確信が持てなかった。なぜなら靴を履いてから数日して痛みだしたからだ。でも原因は靴しか考えられなかった。それにしても靴が合わないのはこれほど恐ろしいとは思わなかった。そして私はますます靴に神経質になった。
合う靴を探しに探したあげく、私に合う外国の靴はテストニーくらいしかないことがわかった。
なぜイタリアの靴は私に合い、スイス生まれの靴は私に合わないのだろうか。日本人の足は欧米人に比べて幅広だと言われている。私に合う靴はあるのだろうか。ある日デパートを歩いていると、イタリアから来た靴職人が靴を作っていた。そこで私は疑問をぶつけてみた。
「グアムでバリーの靴を買い求めたが足を痛めてしまった。でもテストニーの靴は私に合う。どうしてなのだろう。」
職人は私の質問には答えず「サイズは」と聞く。
「エイト、ハーフ」と答えた。
職人は自分の縫っている靴でサイズが8半の靴を持って来させた。「これを履いてみろ」という。
足を入れると甲高に作られたその靴は私にぴったりと合った。
「アメリカに輸出されているバリーの靴はアメリカ人に合わせて甲が低く作られてい る。それで足を痛めたのだろう。」そう教えてくれた。
そうだったのか。それにして も外国にはこんなに合う靴があるのにどうして輸入しないのだろうと思った。
最近は幅広靴や健康靴が売られるようになってきた。確かに履きやすく、楽なのだが、トレッキングシューズのような形の靴を町中で履くのは抵抗があるし、いかに楽だと言われてもデザインの悪い靴は履きたくない。足に円盤をつけているような靴は恥ずかしい。日本生まれの靴でデザインのいいものは少ない。
足を悪くしてから詳しく観察していると足が原因の病気が多いことがわかってきた。
外反母趾から膝や腰を傷めたり、向こう脛の筋肉が凝って胃腸を悪くしている人がいたりする。偏平足の人は向こう脛の筋肉がよくこむら返りを起こす。日本人は靴を履 きだしてからの歴史が短い。だから靴に関する知識も少ない。高齢になれば足の裏の筋肉が衰えて偏平足になり、誰でも障害をおこしやすくなる。欧米でも高齢者の靴に関する知識はそれほど多くないのかもしれない。
私は形で靴を選ぶのをやめてしまった。女の人もヒールを履いている人をめっきり見かけなくなった。若い子でも低いローファーを履いている人が多い。良いことだと思う。若い時に足が変形してしまうと治らないからだ。私はそのうち地下足袋を試してみようかと思う。
私の経験
私は靴を大切に履くほうだ。同じ靴を何日も続けて履かないように注意している。毎日履くと靴が汗を吸い込んで変形する。毎日履きかえるのが長持ちさせるコツだ。また家に帰るとシューキーパーを入れて型崩れを防ぐ。これをすると運動靴でさえ型崩れしにくい。水虫にならないためにも靴は毎日違う物を履くといい。
- 第79回「靴」
- 2002年06月23日
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