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香杏舎ノート

第136回「医者は自由業?」

自由業という言葉を辞書で調べると、一定の雇用関係によらず、時間に束縛されないで、独立して営む職業。医者、弁護士、芸術家などがこれにあたると書いてある。
自分の才能や資格で仕事をしていくのが自由業だ。画家は自分の好き絵を描き、小説家は自分の好きな時間に文章を書く。弁護士もクライアントと相談しながらスケジュールを調整して自分の都合で仕事をしていく。医者はどうなのだろうか?

医者は半公務員

お医者さんが保険診療する場合、公的なお金を扱うことになる。お医者さんに支払われるお金の7割から9割は私たちが健康保険として出したお金、つまりみんなのお金の中から出されるから、その使い方について適正かどうか厳しく審査される。だからお医者さんは無駄な検査をしないように、また必要以上に薬を処方しないようにいつも気を配っている。
みんなが拠出したお金を扱うという意味でお医者さんは自由業といっても弁護士や芸術家とは違う立場にある。
お金の大半が公的なお金という事から考えると、お医者さんは半分公務員のような立場にある。患者が診察に来た場合、正当な理由なしに診察を拒否できないことになっているので、こういったことから考えても公務員的な立場といえる。

半公務員のお医者さんは一部の特殊な場合以外、必ず診察室にいなくてはならない。患者さんが薬だけを取りに来る場合でも必ずその場にいなくてはならないし、保険薬を患者さんに郵送することもできない。
物品販売の社長なら店番を店員に任せて外出することができるが、お医者さんは薬を取りにだけ来る人がいても外出するわけにはいかない。
だからお医者さんは世間から思われているような自由業とは違うように思える。

もし入院患者を持っている病院勤めのお医者さんならさらに自由は無くなる。
患者さんの容体が急変すると駆けつけなければならないのは当たり前だが、そんなに重篤な状況でなくても当直医が専門外の眼科や皮膚科の先生であれば病院から呼び出される。

病院の勤務を終えて友人と食事をしていたら病院から電話がかかってきた。ビールを飲んだので、車を運転していくわけにはいかない。タクシーで病院に向かう。赤い顔をして診察すると不謹慎だからマスクをする。帰る時もタクシーなので費用がかさむ。だが、そういった手当は病院からは出ない。
以前は病院に勤めている研修医がそういった仕事の一部をしてくれていたが、研修医が少なくなった今では中堅の先生たちが日々呼び出され、疲労困憊していると聞く。

患者さんの容態が急変した場合でも、当直医に治療を任せても構わないこともある。だが社会通念上、主治医が駆けつけなければ患者さんの家族は納得しない。この場合は法律で規定されているわけではないが、やはり束縛される結果になる。

どんな仕事にも不自由はあるが

売れっ子の作家は原稿の締切りに追われて寝る暇がない。大手弁護士事務所に勤める弁護士は16時間も働く。どんな仕事も時間に拘束されたり仕事に追われたりする。
お医者さんの場合は単に忙しいだけでなく、その場にいることが法律で決められていることが自由業とは言えない特徴だ。
ドイツやイギリスでは開業医が担当する地域の患者さんの数が決まった区切りになっていて本当に公務員のようだ。

今から50年ほど前に日本は国民皆保険になった。
それまでお医者さんは自由業として振る舞っていたのかもしれないが、政府が医療福祉に力を入れるようになってお医者さんは半公務員化して自由業ではなくなった。それは日本ばかりではなくヨーロッパもそうで、これからオバマケアが充実していけば資本主義の旗手であるアメリカでもそういうことになるだろう。

何が一番不自由か

医学生の間で眼科の人気が高いと聞く。眼科なら内科や外科のように重篤な患者さんがいないので急な呼び出しが少ない。コンタクトのような自費の分野もあるから開業するのにもいい。医学生は出来るだけ自由業のできる分野を選びたがる。

ここまで話してくると、お医者さんが一般に考えられているような自由業でないことは分かっていただけると思う。
公的なお金を扱う以上、お医者さんには様々な規制があって当然だが、お医者さんが一番困るのは自由に治療できないことではないだろうか。
保険に通っていない薬を使おうとすれば、その薬はもちろん自費だが、そうでない保険で使える薬、検査などすべてが自費扱いになる。お医者さんの医療行為が一歩でも保険外に足を踏み出すとそれに伴って患者さんの保険診療もすべて自費になる。
自由に治療できないことがお医者さんにとって一番自由業と感じられない瞬間なのかもしれない。

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