香杏舎ノート

 

『 文化系と体育会系 』(シリーズ第78回)

中学校に入ると誰でもクラブ活動をすることになる。クラブは美術、音楽、生物といった文化系のクラブと野球、サッカー、陸上部といった体育会系のクラブの2つに大き く分かれる。もし文化系クラブに迷わず入るような人は運動が苦手だ。じつは私も運動が苦手で文化系のクラブを選択した一人だった。

どんなスポーツを選ぶか

30歳半ばを過ぎたある日、一生運動しないで生きていくことに不安を感じた。何か運動しなければならない。そうでないと老後は大変なことになってしまう。急に心配になった。この年からどんな運動をしたらいいのだろうか。今からできるもので、スポーツ人口の多い競技をしよう。あまりにマイナーなスポーツは相手を探すのが大変だ。そう考えると選ぶことのできるものは多くはない。

スキー、山登、ゴルフ、テニス、この4つに加えてヨットの5つを候補に上げた。頭の中で考えていくうちに、まずスキーが候補から脱落した。スキーはシーズンが短かく、雪を求めて遠くに出かけなければならない。山登も駄目。山は近くにあるのだが、山登は一人でいく気楽さからかえって続きにくそうだ。だからといって本格的登山は私の体力では無理だ。

残りのゴルフ、テニス、ボートは実際にやってみることにした。まずボート免許を取った。モーターボートで海の上を走るのは楽しい。二十歳の頃、叔母に水上スキーに連れていってもらったことがある。だから水上スキーもできればいいなと、そんな夢を描いた。だが調べてみるとボートを持つには大変な費用がかかる。さらに日本の海は波が荒くて、ボートやヨットをするのには危険が伴う。

私のクリニックに高血圧で通う患者さんがいた。その人はボートを持っていて、よく釣に誘ってくれた。古くからの患者さんだったが、癌のために亡くなった。葬儀が終わってしばらくしたある日、患者さんのお嬢さんが私を訪ねてきた。お父さんが乗っていた船をもらって欲しい、係留する権利もある。先生がもらってくれれば父も喜ぶと思うと言ってくれた。だが私はせっかくの申し出を断わってしまった。理由は海の惨めな姿だった。大阪湾全体の海岸という海岸はコンクリートの岸壁で固められて自然の海岸線がまったくない。釣だけのためにボートを持とうとは思わなかった。

テニスとゴルフ

テニスは団地の近くにあるテニススクールに通った。月曜の午後が空いていたので、その時間を申し込んだ。スクールの初日、10人ほどいる生徒の中で男は私一人、後はすべて団地の主婦だった。初心者のクラスに入ったが、主婦の中の何人かはテニスの経験があって上手だった。私は主婦が打ち込むサーブを取り損なうたびに心底がっかりした。平日の昼間にスクールに通う私は主婦たちの興味の的だった。あるとき主婦が「あなたコレ?」といって鋏を動かす手つきをする。「そうか」、月曜日が休みなので美容院の人間だと思っているらしい。私は「はーい」といい加減に返事をしておいた。しかし、スクールに通いだして数ヵ月が過ぎた時、私の記事が朝日新聞の地方版に出て嘘がばれてしまった。半年のコースが終わり、私はテニスをやめた。テニスは意外と相手を探すのが難しいのと、同じ位の腕でないと楽しめない。さらに心肺機能が強くないと上手になれない。テニスを楽しめるほどうまくなれる可能性は低いと感じた。

ゴルフを習い始めたのは36〜7歳の頃だ。最初の頃はレッスンを受けるだけで実際にラウンドする機会はなかった。忙しかったのと、ラウンドの費用がとても高かったからだ。何年かして近くのミニコースの会員権を買って、ときどきラウンドできるようになった。コースはアップダウンがきつく、まるで若草山みたいなところだが一応ゴルフはできる。ラウンドしながらゴルフのいい面が分かってきた。まず心肺機能があまりなくても楽しむことができる。基本は歩く運動だから走ったりしなくていい。
自分が下手でも相手に迷惑をかけない。ハンディがあるから上手な人とでもプレイできる。そして一番いいのは幾つの年から始めてもある程度はうまくなれるということだ。結局、私にスポーツとして定着したのはゴルフだけだった。

人生50年の時代なら運動を趣味とせずとも問題はなかった。その時代は日常生活でも筋肉労働をすることが多かったから、老後に自立して活動していくのに必要な筋肉を死ぬまで維持できたに違いない。だが平均寿命が80歳にもなり、デスクワークが多い現在、意識して運動しなければ必要な筋肉を維持しがたい。子供の頃に運動クラブに入っていた人はいつの歳からでもスポーツを始められる。だが文科系の人には意識的な壁がある。そういった中でゴルフだけは文科系の人間が何時からでも始められるスポーツだと思う。

私の感想

ミニコースの他にも会員権を買い、ラウンドする回数が増えるにともなって、ゆっくりとだが上達した。まだハンディが18か19の頃、読売テレビのチャリティゴルフに出してもらった。結果は120人中後ろから数番という悲惨なものだった。競技で他人と競った経験がない上にカメラが回っていて、緊張から自滅してしまったのだった。

香杏舎ヒガサクリニック
2002年  5月23日発刊分


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