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こむら返り
香雪記念病院に往診したときのことだ。患者は40代後半の男性。お金持ちで病院の個室を年間800万円で借りきっていた。病気はアルコール性の肝臓障害。仕事でストレスがたまると酒を飲み、酔いつぶれて入院する。入院中、酒は飲めないし、仕事のストレスからも開放されるから元気になる。さらに点滴をうけて肝機能が正常にもどると、また仕事をするという生活を繰り返していた。私が病室に入っていくと、患者は白いバスローブを着てベットの柵を両手で握り締めて立っていた。顔は苦痛にゆがんでいた。「どうしたのですか」と訊ねると、「いま会陰がこむら返りをおこし、突っ張って痛いんです。場所が場所だけに身動きすることができないのです」額には汗が浮かんでいた。「会陰? だ、だいじょうぶですか」と私は答えたものの、なぜ会陰がつったのかと妙な想像をしたものだから、おかしくてしかたなかった。
大酒飲みに病的なこむら返りがおこることは私も知っているが、まったくもって妙な筋肉が痙攣をおこしたものだ。ふつうこむら返りはふくらはぎと相場が決まっている。だが足の指や向こう脛の筋肉、まれには腹筋や背筋にもおこる。しかし、こんな筋肉が痙攣するのをみるのは初めだった。
「酒のせいですよ。酒をやめないと何処にでもこむら返りがおこりますよ」と私は言った。● 病的なこむら返り
誰でも一度や二度はこむら返りの経験はあるものだ。発作がおこったときの痛みは大変きつい。だがこむら返りが頻繁におこる、いわゆる病的なこむら返りは本当につらいものらしい。以前、私の父がこの病的なこむら返りに泣かされていた。夜中に突然こむら返りがおこって治らない。痛み止めの塗り薬を足に塗りたくり、マッサージ機で筋肉をほぐそうとするのだが、一時間や二時間では痙攣は取れない。ゴルフに行った夜に多いのだが、必ずしもその日というわけでもない。私の所に相談に来たので、しゃくやく芍薬かん甘ぞう草とう湯という薬を出した。すると、この薬はよく効くとよろこんでくれた。だが困ったことにこむら返りの発作は無くならない。薬を飲んでも効くまでに一時間くらいかかる。効くまでの時間がつらい。どうすればよいかという。
「親父、酒をやめたら」といってみた。「わしはそんなに酒を飲まんし、量を決めて飲んでいる」という。たしかに父の酒の飲み方は徹底していて、一日の酒量はアルコール換算で30グラムと決めている。チョコで飲むと量がわからなくなるからとコップ酒で酒を飲む。パーティや宴会でも継ぎ足しせずにコップ酒2ハイ、そんな飲み方を何十年続けてきた。だから親父もそのくらいの酒量ではこむら返りになるとは思っていないし、確かにその程度ではこむら返りがおこるはずもない。だが私には気になることがあった。一つは父の足のむくみ。ここ4〜5年足に軽いむくみがある。さらに父は元来腰痛持ちということ。この二つはこむら返りを起こりやすくする。この条件に飲酒が加わると少ない量でもこむら返りが起こるのではないかと私は想像した。
だが父は禁酒のアドバイスを受け入れなかった。あるとき何日も続く猛烈なこむら返りに襲われた父はさすがに懲りて一週間ほど禁酒した。それ以来、悩んでいたこむら返りが嘘のように消えてしまった。
● 中年以降の女性に多いこむら返り
酒のみに病的なこむら返りがおこるのだが、その頻度は決して高くない。むしろ酒を飲まない中年以降の女性にこむら返りが多い。夜寝ていて布団を足でけった拍子に親指がつって眠れないといった風に発作がおこる。こむら返りは西洋医学では相手にされないので、漢方で治してくれと相談を受ける。実のところ病的なこむら返りが何故おこるか不明のことが多い。
一般にこむら返りは、筋肉疲労時に脱水になっておこると考えられている。夏の暑い日マラソンをして筋肉が疲労し汗をたくさんかくと、ふくらはぎが痙攣をおこす。偏平足で体重が前にかかる人はふくらはぎではなく、向こう脛の筋肉、つまり足の前の筋肉がこむら返りをおこす。これが典型的なそして誰でもが経験するこむら返りだ。
病的なものは父のところでのべたように体にむくみのある人、体の歪みがある人がおこすこむら返りで頻回におこる。だから浮腫や腰痛を治療することで発作をおこさなくする必要がある。
● 私の経験
友人とゴルフにいった。友人がティーショットを打った途端にこむら返りをおこしてその場にうずくまってしまった。ふくらはぎの筋肉を伸ばすために踵に手を当て足の指を反らしてやろうと思ったが、スパイクシューズを履いているので手で足の裏を押すことができない。本人は痛みのためころげまわっている。私は思わず「キンタマを引っ張れ」と叫んだ。何かの本にキンタマを引っ張ると、こむら返りが治ると書いてあったのを思いだしたのだ。友人は素直にズボンの中に手をいれてキンタマをひっぱった。そしてその格好のまま私を見上げて「治った」と言った。ラウンドが終わってから彼は「不思議に効くものですね。でも女性はどうすればいいのですか」と聞く。そんなこと私が知るはずもない。
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