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香杏舎ノート

第30回「体力か学力かどちらを選ぶ」

産業革命以後におこった体力から学力への変化

中学生や高校生に「学力か体力かどちらが欲しい」と聞いてみる。すると口をそろえて「学力だ」という。いい学校に入って一流の会社に就職したい。体力は仕事を選ぶのに役にたたないと考えている。

生活していく上では体力も学力もとても大切なものだ。だが学力が体力よりも大切に考えられるようになったのは、産業革命以降のことだ。電車や車などが発明され、工業や農業での機械化によって人々の労力は大幅に軽減されるようになった。荷物を運んだり、井戸から水を汲み上げたりするのもみんな機械がしてくれる。だから体力より学力、つまり知識が大事だと考えられるようになった。とくに1960年以降、オートメイション化によって熟練工が不要になり人々は一流大学に入りホワイトカラーとして仕事を得たいと希望するようになった。つまり知的経歴が人を豊にすると考えられるようになったわけだ。

学力の世界では女性が強くなる

女性が強くなったのもこの学力社会と無縁ではない。工業化が進む以前の社会では、女性は男性よりも下層にみられてきた。体力で男性に劣る女性は槍や刀をつかった戦争では役に立たない。狩や畑を耕すといった日常生活でも体力がものをいう。だから女性が軽くみられるのも仕方のない面があった。だが仕事の中で体力の占める割合が減るにつれて、女性が自立するようになってきた。たとえば畑を耕すのにトラクターを使えば、女性も男性と遜色なく仕事をすることができるわけだ。
最近、知的情報社会が急速に進展してきた。だからますます学力の必要性が高まり、高学歴社会になるかというと、どうもそうではないのだ。

知識人の価値が下がりだした

アメリカの高名な政治学者であるキッシンジャー博士が知識に対する意識変化がおこっているとして、つぎのような話をのべている。アメリカの優秀な高校の生徒に「エジプトの首都がどこか?」と質問したところ、誰も知らないという。「そんなことはコンピュターで必要なときに調べればよい」という。つまり記憶が重視されなくなってきているのだ。
知らないことはキーワードを使ってパソコンからいつでも引きだせる。複雑な計算もパソコンがやってくれる。簿記を知らなくても数字をうちこむだけでパソコンで間に合ってしまう。

会社でも情報を社員が共有するようになれば管理職は必要でなくなる。こういった事情から知識を必要とする職業、つまり会社の管理職、大学教授、医者、弁護士、薬剤師、税理士などの商品価値はどんどん下がってきた。アメリカの大学教授の平均的な年収は5~6万ドルしかない。日本でも医者の給与は上場会社のサラリーマンより見劣りするようになった。

米国の有名な経済学者のグルーグマン博士は、「情報化によって職を失うホワイトカラーが増えるが、トラックの運転のような仕事は効率化が難しいから仕事は減らないだろう」と述べている。

これらのことをまとめてみよう。インターネット通信や情報機器などの進歩は、知識が偏重されてきた世界に変革をもとめている。つまり単に知識があるだけで高収入を得ていた人々の生活を変えようとしているのだ。

私の経験

25年前、私が英会話を勉強したのは、オープンリールのテープレコーダーだった。知り合いのアイルランド人の神父さんに頼んで正しい発音を録音してもらい、それを何度も聞いて練習した。今は安い英語の教材が簡単に手にはいる。留学も以前に比べると、経費的にも精神的にも容易になった。だから英語をしゃべれる人が増えた。そのせいで英語だけでは飯が食えなくなった。

知識を詰め込んだところで、以前のようないい暮らしが待っているわけではない。体は若いうちに鍛えないと丈夫にならない。もし子供さんが週に三回塾に通っているならその一回を運動クラブに変えたほうがよい。これからの先進国では、知識もさることながら12時間でも14時間でも働ける体力が重視される時代がくるのだろう。

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