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漢方医

第4回「葛根湯の謎」

葛根湯 ( かっこんとう ) の謎

研究では漢方薬の効き目を確信した私だが、臨床では謎は深まるばかりだった。風邪に使われる葛根湯について本を読んでいると、風邪だけでなく肩こりに効く、さらに乳汁分泌作用もあると書いてある。ここまで読んでウーンと唸ってしまった。どうしてこんなにも違う症状に効くのかが、書いてないのだ。
葛根湯という処方が初めて記載された 傷寒論 ( しょうかんろん ) という本を読んでみた。傷寒論は今から1800年も前に書かれた本だから、西洋医学の本のように[風邪に葛根湯が効く]などとは書かれていない。当時の人は風邪を引いて熱を出して下痢をするのも、腸チフスで熱を出して下痢をするのも区別することは出来なかった。では病気をどう捉えていたのだろう。病気(病邪)はまず体の表面から侵入してくる。そして次第に体の内部に入って来ると考えた。寒気がして熱があるだけなら病気が体の表面にあると考え、関節が痛むような状況になると病気が少し体の中に入ってきたと思い、下痢が始まると、とうとう体の内部にまで病気(病邪)が入ってしまったと考えたのだ。つまり病気が体の表面から内部に入っていく状態によって病気を区別した。軽い病気は体の表面しか侵さないが、重い病気は体の表面のバリアを破って体の奥まで侵入してくる。そして病邪が体の何処まで侵入したかによって治療を変えていった。
体の表面に病気がある時期を太陽病と呼んだ。この太陽病は、今でいう医学病名ではなく、病気がまだ体の表面にある状態を示す言葉として理解して欲しい。(ここから専門的な言葉が出てきて恐縮なのだが、漢方を専門にする医者や薬剤師といったプロも読者として想定しているので、一般の方には少し我慢していただきたい。)そこには次のような言葉が書かれていた。
[背中や肩が机の板ように硬くなり、汗が出なくて風に当たると寒気がする時は、太陽病だから葛根湯で治療しなさい]と書いてあるのだ。(太陽病、 項背 ( こうはい ) 強 ( こわばる ) こと 几几 ( きき ) 汗なく 悪風 ( おふう ) するもの葛根湯 之 ( これ ) を 主る ( つかさどる ) )

確かに風邪を引いたら背中がぞくぞくして肩がこり、汗が出ない状態というのがある。だから風邪に使うことは分かる。肩こりに使うのは [背中や首が硬くなっている]という文面からの応用だろう。理屈は通っているようだが、西洋医学では風邪薬を肩こりには使わない。さらに傷寒論には乳汁分泌に効くとは書いていない。経験的に効くのかもしれないが、理屈がないと臨床では応用しながら使えない。

考えていても始まらないので、中国に行くことにした。長い休みは取れないから漢方医のツアーに入れてもらうことにした。中国にある中医学院(中医学の大学、漢方医学を教える大学)を幾つかまわりながら、観光地も訪れるという旅行だ。訪ねた中医学院では大変な歓迎を受けたが、疑問を解くような手がかりはなかった。夜になって中医学院の教授たちとの会食がおこなわれた。しばらくすると食卓に上海蟹が登場した。皿には蟹が山のように積み上げられていた。給仕が直径10センチばかりの丸い板と小さな木槌を各人に配った。通訳は上海蟹の食べ方を説明した。板の上に蟹の足を置き、木槌で軽く殻を叩き割って食べる。初めて食べたが大変おいしい。蟹の殻を一生懸命に割っていると、隣に座った年配の先生と目があった。彼は西洋医学の外科医だった。中国に行くとよくあることなのだが、会合の趣旨とはまったく違う人物が登場する。多分、共産党の偉い人だとかで、私たちには分からない順列があるのだろう。その人は英語ができたので、漢方について聞いてみた。すると「年寄りは漢方が好きですよ」と言う。私が思っていたほど中国では広く漢方が受け入れられているわけではなさそうだ。また話ぶりから彼が漢方を信じていないのは明らかだった。

中医学の現状

当時の中医学はどんな状態にあったのだろう。19世紀からの西洋医学の急激な発展を目のあたりにして中国でも日本と同様に中医廃止論が取りざたされた。だが1929年にこの廃止論は明確に撤回される。
1949年、毛沢東は中国全土を平定すると、西中医合作という方針を打ち出す。これは西洋医学のよい所と中医学のよい所を合わせながら発展させるという方針だが、その裏には孤立政策をとる中国には西洋医学の薬が輸入できない背景があった。

毛沢東はさらに中医学の医師に対して一つの決定をする。それは中医学の開業医に共産党下の中国で開業を続けたければ、共産党に対して家伝の処方を一つ公開しなさい。そうすれば開業を認めるという指令を出した。

先祖代々中医として開業してきた人たちは家伝の処方を持っている。この家伝の処方はどのように集められたのだろう。もし先祖がある病気に効く処方を見つけるとする。すると親子3代にわたって薬の効果を検証し、初めて家伝の秘密の処方集にその処方を載せる。そうしながら長い時間をかけて家伝の処方を少しずつ集めて秘方として守ってきた。そのうちの1つの処方を党に捧げれば共産党政権下での開業が許された。献上された処方は献党処方集としてまとめられて出版された。

中国は共産主義の国だが、じつは国民皆保険ではない。保険に入っているのは党の幹部たちで、農民には保険が無い。貧しい農民は値段の高い西洋医学の治療を受けることができない。漢方薬は保険のない人たちの比較的安価な治療薬や予防薬として使われていたのだ。だから最先端の西洋医学の医者から見れば漢方はあまり効かないという印象をその当時の、つまり私の隣に座った外科医がもっていてもおかしくはなかったのだ。

献党処方集の部分写真

献党処方集の部分写真

献党処方集の部分写真

中国には古本の概念がないから、1950年代初めに編纂された献党処方集はほとんど現存していない。だからこの本を見つけたときはとても嬉しかった。
まず誰が献党したかが書かれている。薬の名前は鉄樹散。由来は祖伝秘方とある。吐血の治療薬だ。次に処方構成と使い方が書かれている。この処方集の中には中医学の難しい理論などまったく登場しない。西洋医学の書物と同様に薬物と使うときの症状しか書いていないのだ。私は中医学の難解な理論は本当に必要なのか疑問に思った。また葛根湯のようにたくさんの症状に効くとは書かかれていなかったのだ。

万里の長城

観光で行った北京から近い八達嶺の写真

観光で行った北京から近い八達嶺の写真

万里の長城の上は平たいイメージがあるが、場所によっては崖のように急な場所もある。写真のように降る時は手すりにつかまらないと転げ落ちそうになる。

中国に行くと、空間的、時間的スケールの大きさに驚く。外敵の侵入を防ぐためにこんな大きな壁を長い時間をかけて作り続ける執拗さは日本人にはない。医学の面でもそういう執念を感じる。家伝の処方は親、子、孫と3代の永きに渡って検証してから秘伝として残していく。漢方を研究しているだけでもそういう国民性の違いを感じるのだ。

万里の長城日本の漢方医と行った中国旅行では中医学の現状を理解することが出来たし、献党処方集を手に入れるなど成果は大きかった。

だが葛根湯が何故、多くの症状に効くかという謎は解けないままだった。旅行に一緒に行った漢方医たちも詳しい事は分からないらしく、傷寒論を読んでみたらどうかと言うだけだった。

漢方メーカーによる漢方教育

私が中国に初めて旅行した1983年の日本の漢方業界はどんな状態にあったのだろう。その時にはすでに151種のエキス漢方が保険に収載されていた。つまり保険で漢方薬を使うお膳立ては出来ていたのだ。だが予想に反して漢方を使う医者は少なかった。何故なら一般の医者には使い方が分からなかったのだ。それは私が葛根湯の使い方で困っているのと同じだった。

厚生省は151種もの漢方薬を健康保険薬として認定する一方で、医学部で漢方を教えるということを義務化しなかった。本来なら1967年、6種類の漢方薬が初めて保険収載されたときから大学での漢方教育の義務化を始める必要があった。長期間におよぶ漢方講義は無理にしても少なくとも漢方の副作用は必ず教えなければならなかったはずだ。さらに漢方薬を使うためのごく初歩的知識と漢方理論には多くの流派があり、薬を使うときの考え方も様々だということぐらいは教えて欲しかった。残念ながら当時は漢方の講義は一切行われておらず、今日でも積極的な講義は行われていない。

では漢方の知識を医者に教える役割を果たしたのは誰なのか。それは漢方薬メーカーだ。大手メーカーが漢方普及に果たした役割は大きい。日本各地で漢方の勉強会を開き、日本東洋医学会の組織強化にも尽力した。それは確かなのだが、企業の目的は収益を上げることだ。だから医者に対する漢方教育も収益を上げるための宣伝活動であることは言うまでもない。つまり本来大学で教えるべき医学教育を、利益を追求すべき企業が代わって行ってきたことでの弊害については言及しておく必要がある。

漢方処方を使う場合には西洋医学とは違う特徴がある。西洋医学では[細菌感染に抗生物質を使う]というように病気と薬がしっかり結びついている。だが漢方は一つの病気に対して薬を使う場合、日本漢方の考え方でいくのか、それとも中医学の考え方でいくのか、さらには 口訣 ( くけつ ) (言い伝え)で薬を使うのかなど、薬を使うための理論が幾つかあるのだ。理論が異なれば、当然のことだが使う薬も異なってくる。なぜ複数の理論があるのかと言えば、漢方医学が未だ発展途上の学問だからだ。漢方医として薬を処方する場合、理想的にはこのすべての理論を理解した上で漢方を使えばよい。だがそれには長い年数がかかる。こういった状況の中、大手メーカーは日本漢方と呼ばれる漢方流派の使い方に沿った講演会を開いていく。何故、この日本漢方を中心に据えたかは、私には分からない。偶然にそうなったのかもしれない。あるいは販売効率を考えてのことかも知れない。ただ大手の漢方メーカーの宣伝力が強すぎたから、一般の医者はこの日本漢方だけが漢方の理論と思い込んでしまった。もし大学での漢方講義が先行しておれば、今ほど日本漢方だけが漢方医学会を席巻することもなく、【漢方は、まか不思議な物だが、西洋医学の常識を捨てれば使いこなすことができる】という錯覚を多くの医者に与えることもなかったのではないかと思うのだ。

日本漢方の理論を、葛根湯を例にとって説明しておこう。葛根湯は「背中や肩が机の板ように硬くなり、汗が出なくて風に当たると寒気がする」という太陽病に使う薬だ。日本漢方ではこの太陽病の症状さえあれば、感染症でなくとも、病名のいかんに関わらず葛根湯が効くというのだ。つまり太陽病の症状があれば、風邪や腸チフスといった感染症は言うにおよばずリウマチであろうが蕁麻疹であろうが葛根湯が効くという。太陽病の症状を示せばどんな病気でもいい、西洋医学的病名を考える必要さえ無い。葛根湯を投与すれば病気が治るという。この考え方を処方と症状が互いにセットになっているという意味から 方証 ( ほうしょう ) 相対 ( そうたい ) (処方と(症状)証とがセットになっている)といい、この症状さえ覚えておけば、西洋医学的な病名を知らずとも病気を治せる。これが日本漢方の優れた点であると宣伝した。では何故効くのかと質問すると、それが漢方の神秘的なところだ、漢方を学ぶには心を 虚 ( むな ) しくして西洋医学的知識を捨てなければならない、そうでなければ漢方を本当には理解できないのだという。

この思想は一部の漢方医により提唱され、大手メーカーによって全国に広められた。葛根湯の謎の解明に努力していた私は当然のごとくこの日本漢方の説明に出くわした。だが私は[心を虚しくする]ことも[西洋医学的知識を捨てる]こともできなかった。つまりこの説を受け入れるほどウブではなかったのだ。残念なことにこの稚拙な日本漢方を本当の漢方だと信じている医者が今でも沢山いるのだ。

中医学を学ぶ

日本漢方での葛根湯の説明は納得がいかなかった。そこで私は中医学を一から学んでみようと思った。そうすれば葛根湯の謎も解けると思った。関西には日中国交回復後、中医学を積極的に学ぼうとするグループがあった。そのグループのメンバーの一人で〔中医学入門〕という本を共同翻訳した豊島先生に教えを請うことになった。豊島先生は正統派の開業漢方医で、診療を見せてくれながら中医学の解説をしてくれた。
「君は陰陽論が中医学の基礎になっているのを知っているね。」
「ハイ、すべての物は陰と陽に分けられるのですね。」
「陰は物質で陽は機能を表す。陰が減少した状態を 陰虚 ( いんきょ ) といい、陽が減少した状態を 陽虚 ( ようきょ ) とか 気虚 ( ききょ ) といったりする。分かりますか?」
「いいえ、分かりません。」

こんなやり取りをしていると、一人の患者さんが診察室に入ってきた。50歳半ばの女性で元気のない顔をしていた。先生はその患者さんを診て、気虚だと診断した。気虚とは機能が衰えていると言うほどの意味だ。気虚と言われた人の顔をどういうように表現したらいいのだろう。人の顔が肌色の風船だったとしよう。風船は膨らませたまま3日ばかり置いておくと、少しばかり縮んで表面にチリメンのようなシワができる。患者さんはそんな顔をしていた。私はこの顔をどこかで見たことがあるのを思い出した。それは研修医の時に助教授が一人患者さんの顔を見て、どうも癌があるような顔をしていると言っていたのだ。その患者さんは、まさしくしぼんだ肌色の風船のような顔をしていた。なるほどこういう顔をエネルギー状態が低いという意味で、気虚というのかと思った。
次に70歳くらいの爺さんが診察室に入ってきた。その人の顔は浅黒く、皮膚が骨に張りついたように痩せていた。歳を取って体の筋肉や水分が失われて痩せてしまったのだ。陰とは体の物質面を指す言葉であり、陰虚とは物質面が失われたことを意味する。なるほど体質的変化をうまく表現しているものだ。そう思うと無味乾燥だった中医学の用語が急に色彩を帯びて感じられたのだ。

漢方とは本来、臨床の中で学ぶものであり、講演を聞いたり、本を読んでもその病態を十分に理解することはできないのだと悟った。もしそうなら本当に腕の立つ、そして本家本元の漢方医の下で臨床を学ばねば腕は上がらない。できたら1960年台から漢方医をしていた人に学びたい。そんな人なら葛根湯についても何か教えてくれるかもしれない。豊島先生にその話をすると、自分の尊敬する師匠である山本巌先生を紹介してくれた。

山本内科

山本先生は1960年台から漢方医として活躍していた。名医として知られ、診療所には近畿一円はもちろんのこと九州や山形からも見学に来るドクターがいた。私は山本内科に見学に行くのがとても楽しみだった。先生はニコニコ笑いながら私を迎えてくれた。先生が診療するすぐそばに椅子をおいて診療を見学しながら、患者さんが途切れたときに質問をしていった。私は 葛根湯 ( かっこんとう ) について聞いてみることにした。

「先生、葛根湯は何故、風邪や肩こりに効くばかりでなく、乳汁分泌作用もあるのですか?」
葛根湯原料
「それは葛根湯が一つの薬ではなく、7つの生薬から出来ているからだ。成分の1つである 芍薬 ( しゃくやく ) には筋肉をゆるめる作用がある。だから肩こりに効く。 生姜 ( しょうきょう ) (ショウガ)や 桂枝 ( けいし ) (シナモン)は体を温める作用があるから体が温もってさらに筋肉がゆるむ。風邪に効く理由も説明しよう。漢方には 解表 ( げひょう ) という治療法がある。汗を出して病気を治す方法だ。民間治療でも風邪を引いたとき、足湯や玉子酒で体を温め、発汗させて治療する。 葛根 ( かっこん ) や 麻黄 ( まおう ) には発汗作用があり、生姜と桂枝が体を温めてくれるから発汗がより促進される。だから風邪に効く。残りの生薬である 甘草 ( かんぞう ) は砂糖の50倍もの甘さがあり、味をよくするために使用されるのだが、アレルギーを抑える作用もある。 大棗 ( たいそう ) はナツメの干したもので滋養作用があるというわけだ。」
「では乳汁の分泌作用は?」
「よく分かっていないのだが、日本の葛根( 葛湯 ( くずゆ ) に使う葛)には女性ホルモンのような作用を持つ物質が含まれているといわれている。」
「つまり葛根湯を構成している生薬に1つ1つに薬理作用があるからですね。葛根湯を理解しようと思えば、構成生薬の1つ1つを理解することですね。」
「その通りだ。処方を構成する生薬の薬効を知り、生薬が組み合わされて処方になった理由を知れば漢方を使いこなすことができる。ただし、1つの生薬は複数の薬効をもっている。例えば芍薬は四肢の筋肉をゆるめる作用(横紋筋弛緩作用)だけでなく、腸の動きをおだやかにする作用(平滑筋弛緩作用)もある。だから生薬のどの成分が、処方の中で期待されて配合されているかを考えなければならない。」
「ふくらはぎのコムラ返りに 芍薬 ( しゃくやく ) 甘草湯 ( かんぞうとう ) を使うのは芍薬の筋肉をゆるめる作用に期待し、精神的緊張でお腹の痛む人に 桂枝加芍薬湯 ( けいしかしゃくやくとう ) を使う場合は芍薬の腸の動きをおだやかにする作用に期待しているわけですね。同じ芍薬でも処方の中で期待されている効果が異なるのですね。」
「その通りだ。2つの処方の重要な成分は芍薬だろう。」
なるほどと私は深く頷いた。葛根湯は汗を出し、筋肉をほぐし、寒気を抑えて病気を治すように組まれた処方なのだ。

私は山本内科での見学を終え、大阪環状線の電車の中で、とても楽しい気分に浸っていた。漢方を学びだしてから初めて漢方薬について十分に納得のいく説明を受けたのだ。そこには西洋医学の常識を捨て、心を虚しくして学ばなければならない不思議な漢方はどこにもなかった。

漢方メーカーの恫喝

見学を終えてしばらくたった日曜日、私はかねてから予定してあった日本漢方の講演会に出かけた。講師は大病院の副院長だった。その先生の講演は以前も聞きに行ったことがあった。講演後の懇親会で先生は次のような話をした。「漢方メーカーに頼まれて2ヶ所での講演を予定していたのだが、ダブルブッキングになってね。体は一つだから2ヶ所での講演はできない。だが、よく考えると2つの講演時間が3時間ほどあいている。そこで営業の担当者を呼んで頭を使えと言ったのだ。ヘリがあるだろう。新幹線なら4時間かかるがヘリなら2時間でいくから。実際、ヘリをチャーターすることで上手く2ヶ所の講演をおこなうことができた。」彼は自分がどれほど優れた漢方の専門家なのか自慢していた。

今回の講演も日本漢方の方証相対であった。講演後に質問を受けつけるというので、私はマイクをもらい立ち上がった。「太陽病の症状、つまり寒気がして肩が凝り、汗がでないような状態であれば葛根湯が効くことは分かりました。では汗が出ているような時はどうしたらいいのですか。寒気ではなく熱を感じている時もどうしたらいいのですか。太陽病の症状とピッタリ合うような患者さんはいないものです。目の前にいる患者さんの症状が違った場合はどうすればいいのですか?」
「そんなときは大まかに証を捉えて、汗が出ていても葛根湯を使えばいいのです。」
「それなら方証相対というのはおかしいのではないですか。それほど厳密でなければ、[風邪に葛根湯を使え]でいいではないかと思います。太陽病の症状があればどんな病気にも効くと言う方証相対はおかしいということになりませんか?」
講師は口ごもってしまった。

講演会が終了した後、会を主催していた大手漢方メーカーの担当者が私に駆け寄ってきた。

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