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夢の中の老人

第8話「仕事と遊び 」

六甲山8月の暑い日、私は新神戸駅から新幹線に乗ろうと駅の上りエスカレーターから窓の下を見た。するとそこには清流が流れていて、子どもたちが歓声をあげながら泳いでいた。新幹線の駅のすぐ横に清流があるなんて私は長い間、神戸に住んでいるのに知らなかった。

「神戸は面白い町だ。身近に自然がある。市内から一時間以内の所にヨットハーバーや人口スキー場があるし、ゴルフ場だって10も20もあるんじゃないかな。」そう言いながら老人が何処からともなく現れた。

「そうですね。都会にしては不思議なほど自然が残っています。市内と六甲山では気候が違うところも魅力ですね。」

「そうだ。市内が35度でも山頂なら28‐29度、6度は違う。市内から40分で避暑に行けるのだからこれほど面白い場所もない。俺はオープンカーを持っていて六甲山を走るのが趣味だ。冬は当然、寒いから走らないのだが、早春のある日、春が待ちきれなくなって再度山から六甲山を目指した。市内の気温は8度だった。20分ほど走ると気温がマイナス1度になり雪が降り始めた。10分ほど走ると10センチの積雪になった。そんな気候的多面性を持つ神戸は面白い。ところで君の趣味は何だ?」

「ゴルフです。思う存分ゴルフをするのが夢です。せっかく神戸に住んでいるのですから、ゴルフとボートはやりたいと思います。趣味はその土地で手軽にできるものがいい。北海道ならスキー、沖縄ならダイビングですか。」

「確かに。那覇に住んでスキーが趣味ならすごく金がかかるし、北海道でウインドサーフィンも難しい。住んでいる場所で手軽にできるのがいい趣味ということになる。君は若いからいろんな遊びをしたいだろう。」

「ダイビングやウインドサーフィンもしたいですね。」

「遊びは楽しい反面、厄介なところがある。俺はゴルフやスキー、バイクなどを趣味にしてきたが、どの遊びにも必ず厄介なところがあることが分かった。」

「厄介ですか?」

「幾つかのスポーツ、たとえばダイビングにバイク、水上スキーは危険だ。若い時、俺は琵琶湖に水上スキーに出かけた。結構なスピードで滑っている時にバランスを崩して前のめりに転倒した。君も知っているだろうが、スキーもスノーボードも尻餅をつくように後ろにこけるのはいいが、前のめりにこけるのは危険だ。俺が転ぶとスキー板が5-6メートルも飛び上がり、俺の持っていたハンドルに当たった。ハンドルは木材の芯の周りにアルミと塩化ビニールを巻きつけた3重構造になっている。これが包丁で切ったように真っ二つに折れた。
バイクで2回、車と衝突したことがあるし、車を飛ばしすぎて横転したこともある。遊びも普通にやっていれば危険は少ないが無茶をすると駄目だ。ラグビーやアメフトで関節を痛めて、それが持病になっている人もいる。」

「ゴルフは危険ではないでしょ?」

「雷以外は大丈夫だ。俺もゴルフにはまっていた時期がある。だが厄介なのが雨の日のゴルフだ。カッパを着るとスイングができないし、芝生が濡れてボールが転がらない。

俺の夢は晴れた日にだけゴルフに出かける事だった。この夢が叶ったのは、いいゴルフクラブに入会できたからだ。そこの入会審査は厳しくて年齢は40歳以上、ハンディキャップが26以下、さらに他に2つのゴルフ場のメンバーでなければ入会資格がなかった。条件を満たすために俺は一つ会員権を買い足した。そこまでして入会したゴルフクラブの価値は高かった。予約せずに妻と2人でゴルフに出かけると、いつも1番にスタートさせてくれた。しかもスルー(18ホールを続けて回ること)で回るからいつも人影を見ないでプレーしていた。天気を気にせずに10年で400回ほどラウンドしただろうか。」

「夢のようなゴルフですね。」

「高級なゴルフ場でもツーサム(二人でプレーすること)やスルーでラウンドすることが出来ない場合が多い。高級とは名ばかりで、やたらとコースが混んでいてイライラすることもある。そのゴルフ場は残念ながら良心的経営がたたって身売りされてしまった。それ以来ゴルフをしていない。運にも恵まれないと本当に楽しい遊びは出来ないものだ。」

「確かに雨の日は嫌ですよね。僕はゴルフ好きの友人に無理やり誘われて、ミゾレ混じりの日にプレーをさされたことがあります。ところでボート遊びはしたことがあるのですか?」

「俺には父親のような年齢の友人がいて兵庫運河にボートを持っていた。俺もボート免許を持っていたので、よく一緒に釣りに出かけた。神戸港を通ってポートタワーを見ながら港の外に出るのが楽しかった。10年ばかりしてその友人が病気で亡くなった。葬儀が終わってからしばらくして友人のお嬢さん、といっても俺より年上だが、その人が俺を訪ねてきた。『お父さんのボートを形見として貰って欲しい。あなたが船を持ってくれると父も喜んでくれる』と言ってくれた。」

「ボートって何百万もするのでしょ?それで船を貰ったのですか?」

「いや、気持ちはありがたかったが断った。」

「どうしてですか?」

「ボートを持つ厄介さを知っていたからだ。」

「どんな厄介があるのですか?」

「あまり知られていないが、日本の海はボート遊びに向いていない。大都会の周りの海は船舶の往来が激しくて危険だし、外海は潮の流れが速くて操縦が難しい。近海でも危険なことが多い。その友人と釣りに行っているときにスクリューに漂流してきた漁具が巻きついて走れなくなったことがあった。またある時はプレジャーボートの通りそうなところに網を仕掛けている漁師を見かけた。わざと網を切らせて漁業補償を巻き上げるのだ。」

「ヤクザみたいな漁師がいるのですね。」

「ボートの手入れも大変だ。船底につくフジツボを取る必要があるし、何年かに一度車検に相当する船検にも合格しなければならない。また海でのエンストは命にかかわるからエンジンを直せる技術がいる。だから実際にボートを持っていても本当の意味でボート遊びを楽しんでいる人は少ない。クルーザーを持っている人は船上パーティーをするが船は係留したままだ。」

「走らせないのですか?」

「そうだ。そんなヤワな奴が多い。本当に好きな連中は串本沖までカジキを狙いにいく。ヨット好きは冬にヨットを走らせる。冬のほうが、風が強いから面白い。カッパを着て、水中眼鏡をして操縦する。」

「どうして水中眼鏡がいるのですか?」

「冷たい水しぶきがかかって目を開けていられないからだ。」

「そんなことまでしてボートなどしたくないです。」

「まあ、どんな遊びにも厄介なところがあるということだ。ボートを持っていた友人は飛行機のライセンスも持っていたが、『飛行機など持つものじゃない』と言っていた。飛行機を操縦して旅行に行っても、少しでも到着が遅れると捜査機が飛ぶからオチオチしてられないというのだ。」

「何だかつまらなくなって来ました。」

「遊びとはそんなものだよ。のめり込むほど厄介なところが見えてくる。遊びはいい加減にしているから楽しいのであって、厳しくやると仕事になる。ゴルフでシングルになりたいとか、囲碁で4段をめざすとかすると仕事になる。」

「なるほど。そうなると仕事と遊びを区別するのが難しいですね。」

「ゴルフにはプロゴルファーがいて、釣りには漁師というプロがいる。遊びをプロとして金儲けの対象にしている人がいる以上、遊びは一体何だろうということになる。」

「確かに。囲碁、将棋、ゴルフ、テニスや野球にはプロがいます。プロのいない遊びの分野ってあまり思いつかないですね。」

「仕事と遊びを区別する一番簡単な方法は金を貰うか、それとも払うかだ。たとえゴルフでシングルになっても金を稼ぐことはできない。仕事でも遊びでも厄介なことは起こってくるが、遊びから生じる厄介を回避しょうとすると大変な金がかかる。俺は雨の日のゴルフを回避するために3つのゴルフ場の会員権を持つはめになった。だが俺の道楽は安いほうだ。

ゴルフ友人のKさんは下手な奴とはゴルフをしたくないが、かといって上手な人ともラウンドしたくない。下手な人と回るとイライラするし、上手な人はどこか偉そうで、頼んでもいないのに『さっきのショットは少しインからはいってしましたね』などと他人のショットの解説までしてくれる。だからKさんはいつもツアープロを2人連れて回っていた。プロは聞かれないかぎり決して人のスイングをどうこう言うことはない。そんなゴルフ道楽のために年間1500万以上使っていただろう。」

「そんなに金をかけていたのですか?」

「そうだ。Kさんのように金をかけて遊びを楽しむのも一つの生き方だと思う。だが俺は一生楽しめる仕事を見つけられないか考えるようになった。そう思うようになったのは26年前のある出来事からだ。

1985年、神戸で夏季ユニバーシアード大会が開かれた。ちょうどその時、山口組と一和会が神戸で激しい抗争をしていて多数の死者が出ていた。外国から沢山の人が来るのにヤクザが抗争していてはまずい。困った神戸市は元神戸市長で弁護士の中井一夫さんに調停を頼みに行った。中井さんは両方のヤクザの親分を呼んで大会の期間中は抗争を起こさないように仲介した。すると期間中は一度も抗争が起きなかった。
中井さんは95歳だった。95歳といえば介護施設にいてもおかしくない年齢だ。そんな男が神戸市からも両方の組のヤクザからも信頼されている。俺はそんな人生は楽しいに違いないと思った。それからというもの俺は自分にしかできない仕事を求めてサラリーマンを辞めて独立した。遊びにも仕事にも厄介があるなら仕事の厄介を一ずつ片付けて仕事名人になりたい、遊びはストイックにはやらずボンクラでいこうと決心した。この決心は今から思えば大変いい決心だった。」

「どうしてですか?」

「仕事に集中する分だけ遊びでは享楽的になることができたからだ。仕事ばかりをしていては仕事の能力が上がらない。かといって遊びだけでは生きている意義を感じられない。俺のように平凡な才能の持ち主は仕事にも遊びにも厄介を感じてしまう。そういう奴は仕事に打ち込んで自分しか出来ない仕事を作っていくのが一番幸せな人生を送れる。

世の中には僅かだが仕事にも遊びにも厄介を感じずに楽しめる人がいる。俺の叔父は医者だがオリンピック選手だった。叔父は平凡な人間が感じる厄介を勉強にも遊びにも感じなかったようだ。」

「なるほど。ミゾレの降る日でもゴルフをしたくなるような人であれば本当にゴルフが好きで、ひょっとするとプロゴルファーになれる素質があるということですね。そういえば数学オリンピックに出るような子供は数式を美しいと感じるくらい数学の勉強が好きだと聞いたことがあります。」

「夢中になれるのは才能があるということだ。残念ながら平凡な人間は真面目に仕事や勉強に取り組めても、勉強を心から楽しむ才能も、夢中になって遊びの虜になる才能もない。つまり過激な生き方はできないということだ。

俺は娘に仕事と遊びについて次のような話をしてきた。『音楽に才能のある子供は生まれもった絶対音感を持っている。運動が得意な子供は生まれつきの体力を持っている。生まれつきの才能に努力では太刀打ちできない。自分に生まれつきの才能があればそれを追求してプロになる道を歩めばよい。プロになるほどの才能がなくても厄介を感じずに楽しめるならそれを趣味とすればいい。もし遊びを追求してすぐに厄介を感じるようなら追求はやめておけ。追求は仕事だけでいい。平凡な人間は仕事に精を出すのが一番楽しい人生を送れる。』とね。」

「なるほど。何となく遊びが分かってきました。では平凡な才能の人はどうやって楽しい遊びを見つければいいのですか?」

「遊びを深く追求しないことだ。仕事でやるような追求を遊びに持ち込んではいけない。それさえ注意すれば大抵の遊びは楽しくなる。言い換えると遊びではボンクラで行く覚悟を決めることだ。」

「でも具体的にどんな遊びをすればいいのですか?」

アイフォン「自分が楽しめる遊びを探してみるといい。俺はウインドサーフィン、山登、釣りなど多くの遊びを試してきた。そうするうちに深く追求しないなら厄介を感じないで楽しめる遊びがたくさん見つかった。ただし絶対にしてはいけない遊びがある。それはゲーム機で遊ぶことだ。」

「どうしていけないのですか?」

「ゲームは遊びじゃない。ゲームの中で、格闘技で強かったとしても、そこには強くなるためのトレーニングがない。テニスやゴルフのゲームがうまかったとしても、上手くなるための工夫もない。ゲーム以外の一般の遊びをするためには準備と努力が欠かせない。ゴルフは練習しないとコースを回れないし、ボートを操縦したければ海事免許を取る必要がある。それに反してゲームはそういった努力をする必要がない。何の準備も必要なく、ただ単に成功体験と達成感だけを感じるように作られている。だからゲームに上達しても誰にも評価されないし、身体が鍛えられることもない。本当の遊びの中には人生を豊かにしてくれる様々な要素、たとえば想像力や冒険心などが含まれている。」
「確かに。ゴルフをしていてもそういうことを感じます。ラウンド中は孤独に勝ち、常に冷静である必要を感じます。こういうことは仕事でも大事なことだと思います。ところで今はどんな遊びをしているのですか?」

「幸いなことに仕事が面白くて、わざわざ遊ぶ必要を感じなくなってきた。暇な時間には本を読んだり散歩したりと平凡な遊びをするようになった。若い時に無茶な遊びをしたおかげで、今は遊びたくないのかもしれない。まあ君のように若い人はどんな遊びでも積極的にやったらいいと思う。そして息抜きの出来る遊びを見つけることだ。」そういい残すと老人は姿を消してしまった。

老人が去った後、私は子供たちの遊ぶ川を見つめながら勉強に追われてきた自分の過去を振り返った。勉強生活が長く続いてきたせいか、休日が続くと私は夢をみる。[試験が近づいているのに何の準備も出来ていない、どうすればいいんだろう]そんな夢で目が覚める。何故だか考えてみたこともなかったが、老人の話からやっと分かった。仕事からいつも逃げたいと考えているからだ。逃げているから遊びを楽しめない。仕事の厄介を一つずつ片付けて仕事名人になれば、遊ぶ時は何もかも忘れて享楽的になれるはずだ。そうなればきっと試験の夢は見なくなるはずだ。そう思ったのだ。

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